第八十五話「王妃の書斎の静寂と、銀の髪に宿る国の未来」
その夜、王城の喧騒が静まった後、ルードヴィヒ国王は、エレオノーラ王妃の私的な書斎を訪れた。書斎は、華美な装飾がなく、ただ古書と、王妃の描いたデッサンが静かに並べられ、穏やかな空気が満ちていた。
ルードヴィヒは、妻が淹れてくれた温かいハーブティーを受け取り、ソファに深く腰掛けた。王妃は、夫の隣に座り、窓の外の満月を見つめた。
「あなた、今日は疲れたでしょう。使節団との会談、ご苦労様でした」
「ああ、エレオノーラ。知恵比べには、もう疲れたよ。王として、国を率いる重責は、いつになっても慣れないものだ。しかし、君の髪を見ていると、落ち着くよ。シャルロッテの髪の色は、君からの贈り物だろうね」
エレオノーラ王妃は、微笑んだ。
「あの子の銀色の髪は、この国の、最も穏やかな未来を象徴していると思わない? 私たちは、その穏やかな未来のために、今、この重い舵取りをしているのよ」
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二人の会話は、自然と子供たちの懐かしい思い出に移った。
「アルベルトは、完璧すぎる。時々、彼がその重責に押し潰されないか、心配になる」
「大丈夫よ。あの子は、シャルロッテという『光の影』を見つけたわ。私が心配なのは、彼が自分の失敗を許せないところ。覚えている? 幼い頃、初めて一人で乗馬をした時に、落馬した自分を、夜中まで責めていたのよ。あの時の孤独な背中を、私は今でも忘れないわ」
ルードヴィヒは、優しく妻の手を握った。
「フリードリヒは、剣一筋だが、その情熱が時に空回りする。しかし、彼は根が優しい。幼い頃、怪我をした子犬を抱きしめて、自分も泣いていたことを覚えているか? 彼の強さは、愛によって研ぎ澄まされている」
「ええ。イザベラも、社交の華として優雅に振る舞うけれど、本当は繊細よ。初めての舞踏会で、ドレスの裾を踏まれて泣き出したあの時の、小さなプライド。でも、今はシャルロッテの助言で、より自由な美しさを見出しているわ」
「マリアンネも、研究に没頭すると周りが見えなくなる。しかし、彼女は、シャルロッテの魔法の秘密を探る時が、最も楽しそうだ。彼女の知的好奇心は、決して孤独ではない」
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そして、話題は、末娘のシャルロッテに移った。
「シャルロッテは、本当に規格外だ。あの子が焦げたパンを『愛の証』だと喜んで食べた時、私は、この子の持つ、世界を肯定する力に、心底驚いたよ」
エレオノーラは、優しく夫の手に触れた。
「ええ。そして、あのジャムの蓋の事件……。あの子は、オスカーの誇りを守るため、誰にも気づかれずに魔法を使った。あの子の『可愛い』という哲学は、罰則や強制ではなく、最も優しく、そして効率的な形で、人々の心を動かすのよ」
「彼女に、王位継承の重責を負わせることはできないが……」
「シャルロッテは、『王』ではなく、きっと『愛』を統治する子よ。彼女が、自由に、心から『可愛い』と感じるままに生きること。それが、このエルデンベルク王国にとって、最も高貴な責務だわ。そして、私たちが、その自由を、王として守り抜く。それが、私たちの仕事よ」
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ルードヴィヒは、窓の外の満月が、妻の銀色の髪を照らしているのを見て、再び、愛おしそうに妻を抱きしめた。
「エレオノーラ。君と、子供たちがいるからこそ、私はこの国を、優雅で、温かい国にすることができる」
「私もよ、ルードヴィヒ……」
王妃の書斎は、夫婦の深い愛情と、子供たちへの温かい願い、そして家族の懐かしい思い出に満たされ、夜が明けるまで、静かに光を放っていた。




