第八十二話「広間の白い壁と、消えてゆく『愛の印』の探求」
その日の午後、王城の旧い広間は、異常なほど静まり返っていた。壁は、漆喰塗りの純粋な白で、何の装飾もなく、部屋全体が、記憶の余白のような、曖昧な空間を作り出している。
シャルロッテは、その広間の冷たい大理石の床に座り込み、壁のある一点を、じっと見つめていた。
「ねえ、モフモフ。ここにはね、愛の印があったの」
彼女は、かつてその広間で、誰かが誰かに向けた、ごく微細な「永遠に消えない」という誓いの光の痕跡が残っていたのを、知っていた。しかし、今は、何もない。ただ、冷たい白い壁だけが広がっている。
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シャルロッテは、その愛の印が消え去った時の、微かな、しかし決定的な「喪失」の感覚を、反復して心に蘇らせた。愛は、消滅したのではなく、あまりに純粋すぎて、世界の表面から潜り込んでしまったのだ。
彼女は、愛の印が誰のものだったのか、かすかに思い出す。それは、「太陽のような、金色の光」と、「月のような、銀色の輝き」を持つ、二人の間の、静かで、しかし揺るぎない誓いだった。王家の最も明るい存在と、最も静かな存在の、密やかな愛の痕跡。
彼女は、その記憶を追うように、目を閉じた。闇属性で、広間の光と音を全て遮断し、絶対的な静寂を作り出す。そして、光属性で、壁の石材の分子構造一つ一つに、「愛の記憶が、どこに潜んでいるか」を問いかけた。
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その「無音の探求」が始まって、数分後。
シャルロッテは、壁の、床からわずか数センチの、最も目立たない場所に、ごく微細な、熱帯の夜明けのような、温かい魔力の残滓を感知した。
その残滓は、二つの異なる波長の魔力が、完全に溶け合っていることを示していた。一つは、大地のように深く、揺るぎない土の魔力、そしてもう一つは、水のように澄み渡り、すべてを包み込む光の魔力だった。しかし、それは、現在の王族ではない、遥か遠い過去の、静かな恋人たちの誓いの光だった。
愛は、消滅したのではない。愛は、壁の石材の内部、最も中心の核へと潜り込み、「誰にも見られない、最も深い場所で、永遠の誓いを保っている」という真実だった。
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シャルロッテは、再び目を開け、壁のその一点に、そっとキスをした。
「わかったよ。愛は、隠れん坊が好きなんだね。誰にも見えないところで、ずっと温かく灯っているんだね」
彼女は、その愛の記憶を、掘り起こすことはしなかった。愛は、静寂の中でこそ美しい。
しかし、彼女は、その愛の印を、自分の存在の証明として、壁の内部に、虹色の光の糸で、そっと結びつけた。その光の糸は、愛の記憶を祝福し、永遠に静寂の中で輝き続けるだろう。
広間の静寂が破られたとき、シャルロッテは、モフモフを抱き、壁の白い余白の中で、にっこり微笑んでいた。
「愛は、白い壁の向こう側にあるのよ、モフモフ。そして、それは、金色の光と、銀色の月が、永遠に結ばれた、一番可愛い秘密なの」
彼女の純粋な愛の探求は、喪失と静寂の中でこそ、最も深く美しい真実を見つけ出したのだった。