第八十一話「執事オスカーの大失敗と、シャルロッテの『ちょっぴりお手伝い』魔法」
その日の朝、王城は、隣国からの賓客を迎える一大事で、大いなる緊張に包まれていた。執事オスカーは、完璧主義者としてのプライドをかけ、朝食の給仕から全てを管理していたが、その日は、どういうわけか、物事が最悪の方向へ転がり始めた。
彼はまず、王妃の新しい高価なティーカップに紅茶を注ごうとして、手が滑り、ティーカップを天井へと打ち上げてしまった。ティーカップは宙を舞い、オスカーは「ああ、いかん!」と顔面蒼白になった。
次に、賓客への手土産である特製のジャムの瓶の蓋が、まるで魔法にかかったかのように固く、彼の剛腕をもってしても、びくともしなかった。オスカーは汗だくになり、その瓶と格闘する姿は、まるで強大な敵と戦う騎士のようだった。
「いかん! これでは、我が王家の威信が、ジャムの蓋一つで揺らいでしまう!」
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その光景を、シャルロッテが、モフモフを抱いて、心配そうに見ていた。彼女は、大好きなオスカーが、自分の力不足を責めているのが見て取れた。
「オスカーは、とっても頑張り屋さんなのに!」
シャルロッテは、オスカーの誇りを守るため、「ちょっぴりだけ、お手伝い」をしようと決めた。
オスカーが諦めかけたジャムの瓶を手に取った瞬間、シャルロッテは、オスカーに気づかれないよう、自分の銀色の巻き髪の先端を、指先でクルッと巻いた。
その瞬間、シャルロッテの虹色の魔力が、ジャムの瓶の蓋へと流れ込んだ。それは、蓋を爆発させるのではなく、金属の微細な原子結合を、ほんの少しだけ、ユーモラスに緩める魔法だった。
オスカーは、何も知らずに、もう一度力を込めた。
「んっ!」
すると、蓋は、まるで軽快な音楽のように、「ポン!」という愉快な音を立てて開いた。ジャムが蓋から噴き出し、オスカーの口ひげにごくわずか付着した。オスカーは、そのジャムの甘さに気づくことなく、自分の力で開けたと信じ込み、安堵の息をついた。
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「ちょっぴりお手伝い」は、その後も続いた。
アルベルト王子が、賓客との休憩のため、執務室のテーブルに重要書類を広げ、その上にティーセットを置くよう指示した際、オスカーは緊張のあまり、トレイ上の全てのティーカップを、書類の上に置いてしまったのだ。
アルベルト王子は書類が見えなくなり、「オスカー!」と声を上げようとしたその瞬間、シャルロッテは、自分の髪をクルッと巻いた。
ティーカップは、魔法で軽くなり、音もなく、書類を覆ったまま、一斉に、テーブルの端へと、極めてゆっくりと移動を開始した。書類は無事、アルベルト王子の目に留まった。オスカーは自分が窮地から脱したことに気づくこともなく、そのまま職務を遂行し続けていた。
極めつけは、賓客との散歩中。オスカーが、足元の芝生につまづき、転びそうになった瞬間、シャルロッテは、再び髪をクルッと巻いた。オスカーの体は、魔法で軽くなり、彼は転ぶ代わりに、まるでバレエダンサーのように、優雅な回転をして、何事もなかったかのように立ち直った。
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その日のオスカーの仕事ぶりは、王城中で「神がかっている」と評判になった。彼の優雅な半回転は、賓客にも「エルデンベルクの執事は、優雅な護身術も嗜むのか」と感銘を与えた。
夜、シャルロッテは、オスカーの元へやってきた。
「オスカー、今日、とってもかっこよかったよ! 特に、あの、クルクルって回ったところ!」
オスカーは、顔を赤らめた。
「い、いえ、殿下。あれは、たまたまでございます」
シャルロッテは、秘密がバレないよう、にっこり微笑んだ。
「うん! オスカーの頑張る気持ちが、髪の毛みたいにクルクルって回って、魔法みたいに強かったんだね!」
シャルロッテの「ちょっぴりお手伝い」魔法は、誰にも気づかれずに、大好きな人の誇りと一日を救った。そして、その秘密は、シャルロッテと、クルクル巻かれた銀の巻き髪と、一部始終を見ていたモフモフだけの、愛らしい秘密となったのだった。