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第八話「魔法研究室の秘密と、妹がくれたふわふわ髪」

 その日、第二王女マリアンネは、王城の魔法研究室にこもっていた。眼鏡の奥の瞳は、分厚い古文書と、奇妙な色の魔法薬を調合する試験管を交互に見つめている。


「うーん……光属性の魔力結晶を安定させるには、あとコンマゼロ五グラムの精霊石の粉末が必要なはずだけど……」


 彼女は、日頃からシャルロッテの規格外の魔力量と、同じく規格外の知識による応用魔法を研究ノートに記録し、どうすればその現象を再現できるかに夢中だった。研究に没頭すると、食事も睡眠も忘れてしまうのが、マリアンネの悪い癖だ。


 扉がノックされ、マリアンネが顔を上げると、そこに立っていたのは、専属執事のオスカーだった。


「マリアンネ殿下。もうお昼を回っております。少々休憩なさいませんか」


「大丈夫よ、オスカー。あと少しでこの現象が解明できるの」


 マリアンネはそう答えたが、その顔色は少し悪く、集中しすぎたせいで眼鏡を直す手が震えていた。



 その頃、薔薇の塔でティータイムの準備をしていたシャルロッテは、ふと、胸騒ぎを覚えた。


「エマ、マリアンネお姉様は今、どこにいるの?」


「さあ。確か、昨日からずっと魔法研究室にこもっていらっしゃるとか……」


「え! ご飯も食べてないの!?」


 シャルロッテは、すぐに立ち上がった。研究に夢中になり、自分の体を顧みないマリアンネの姿は、前世の過労で倒れた自分と重なって見えた。


「いけない! お姉様が倒れちゃう!」


 シャルロッテは、慌ててエマに「ふわふわパンケーキと、温かいミルクティーを準備して!」と頼み、モフモフを抱いて研究室へと向かった。



 シャルロッテが研究室の扉を開けると、そこには散乱した資料と、顔色の悪いマリアンネがいた。


「お姉様! だめだよ、そんなに無理しちゃ!」


 シャルロッテは、マリアンネの近くまで駆け寄り、両手を広げて抱き着いた。


「え、シャル? どうしてここに……」


「心配したんだもん! お姉様、わたしと一緒に休憩して! ご飯を食べてないでしょ!」


 マリアンネは、最初は抵抗しようとしたが、シャルロッテの小さな体と、モフモフのふわふわの毛皮に抱きしめられると、張り詰めていた緊張が一気に溶けていくのを感じた。


「……ごめんなさい、シャル。ちょっと夢中になりすぎて」


「もう! 研究も大切だけど、お姉様の体の方が大切だよ!」


 シャルロッテは、マリアンネを強引に椅子から立たせ、休憩スペースへと連れて行った。そこに、エマが運んできた温かいパンケーキとミルクティーが並べられた。



 シャルロッテは、マリアンネの隣に座り、パンケーキに蜂蜜をかけながら話しかけた。


「ねえ、お姉様。何の魔法を研究してたの?」


「あなたの魔力結晶よ。あなたの魔力は、虹色で全ての属性に適性があるでしょう? それをどうすれば、誰もが使える安定した形にできるのかって……」


「うーん。でも、わたしが魔法を使えるのは、難しい理屈があるからじゃないよ」


 シャルロッテは、パンケーキを一口食べて、にっこり笑った。


「楽しいからだよ! お野菜さんを元気にするのが楽しい。雨の日をキラキラにするのが楽しい。ただ、それだけなの!」


 マリアンネは、その答えに目を丸くした。科学的探求心で凝り固まっていた彼女の頭に、ストン、と何かが落ちてきた。


「楽しい、から……」


「そう! お姉様も、研究を『楽しい』って思ってる時が、一番集中できて、いい結果が出るんでしょ?」


「……ええ、そうね。昨日は、うまくいかなくて、焦っていたのかもしれないわ」


 マリアンネは、ミルクティーを飲み干し、ふう、と息をついた。



 パンケーキを食べ終えた後、シャルロッテは、マリアンネを振り返らせた。


「さあ、お姉様。目を閉じて」


「え? 何を?」


「いいから! ()()()()()()!」


 シャルロッテは、マリアンネの背中に回り込み、そっと手を伸ばした。そして、研究で疲れて少し乱れた、マリアンネの銀色の髪に触れた。


 シャルロッテは、得意な風属性魔法を、髪の毛一本一本に優しくかけた。風で髪の絡まりを解き、髪の流れを整える。同時に、水属性魔法を応用し、髪に潤いと、ほんのり優しい花の香りを加えた。


 これは、シャルロッテがエマから教わった「魔法の髪結い」の技術だ。


「……ん」


 マリアンネは、妹の小さな手が頭皮に触れる感覚と、髪が魔法で整えられる心地よさに、思わず声を漏らした。それは、母親に頭を撫でられるような、至福の感覚だった。


 数分後、シャルロッテは手を離した。


「よし! できたよ!」


 マリアンネが慌てて鏡を見ると、そこには、眼鏡の下から覗く瞳が、驚きで見開かれている自分がいた。


 乱れていた髪は、つやつやと輝き、銀色のウェーブが美しく整えられている。優しい光沢を帯びたそれは、まるで城の紋章である銀の薔薇のようだった。


「シャル……これ、自分でやったの?」


「うん! お姉様が疲れてるから、ふわふわになって、元気になあれ、って魔法をかけたの!」


 シャルロッテは、にっこりと笑い、マリアンネの髪の先にそっとキスをした。


 マリアンネは、全身に温かい血が巡るのを感じた。それは、治癒魔法とは違う、純粋な愛情の力だった。


「ありがとう、シャル。あなたの魔法は、本当に……世界一の癒やしよ」


 マリアンネは、そっと眼鏡を外し、妹のふわふわの銀色の髪に、自分の顔を埋めた。


「ちょっとだけ、このままでいさせて……」


「うん! モフモフみたいだね!」


 シャルロッテは、嬉しそうにマリアンネを抱きしめ返した。


 研究の難題に挑んでいたマリアンネの心は、妹の純粋な優しさによって、すっかり満たされ、リフレッシュされていた。



 その夜の晩餐。マリアンネの髪の美しさに、家族全員が気づいた。


「マリアンネ! 今日の髪は、いつもにも増して艶やかだわ!」


 エレオノーラ王妃が、目を細めて褒めた。


「さすがは我が妹だな。今日の輝きは、最高の実験結果を物語っているようだ」


 アルベルトが微笑んだ。


「えへへ、シャルがね、魔法でやってくれたの」


 マリアンネは照れくさそうに笑い、シャルロッテは、隣でモフモフにパンを分け与えながら、得意げに微笑んだ。


 姉妹の温かい交流は、家族全員の心をも温かく照らした。研究室での焦燥は消え去り、マリアンネの心には、魔法の真髄は「楽しさ」と「優しさ」にあるという、新たな発見が芽生えたのだった。

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