第七十八話「無限階段の秘密と、空間を埋める『可愛いテセレーション』」
その日の午後、王城の誰も通らない古い塔の螺旋階段は、奇妙な静けさに包まれていた。階段は、円形に上へと伸びているが、登っても登っても、決して頂上に着かず、いつの間にか同じ階に戻ってしまうような、視覚的な違和感を伴う不思議な空間だった。
マリアンネ王女は、その階段の魔力的な解析に挑んでいたが、その幾何学的法則の前に、論理が行き詰まっていた。
「おかしいわ。論理的には上昇しているはずなのに、空間が常に自己を反復している。まるで、この階段は、永遠に続くことの虚しさを抱えているようだわ」
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その階段の前に立った。彼女の目には、その階段が「不満を抱えた、可愛くない図形」として映っていた。
「ねえ、お姉様。この階段、登るのをもう、諦めたいんだよ」
マリアンネは首を傾げた。
「諦めたい? なぜ?」
シャルロッテは、階段の壁に施されたタイルを見つめた。タイルは、同じ色の四角形が規則正しく並んでいるが、どこか単調で、壁の広大な空間を埋めきれていないように見えた。
「だってね、この壁が、空っぽなのが寂しいんだもん。だから、階段が登り続けて、壁を埋めるためのお仕事を頑張ってるんだよ!」
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シャルロッテは、前世で学んだ幾何学の知識を応用した。この階段の違和感は、階段自体にあるのではなく、階段の周りの、何も飾られていない空虚な空間にある。空間に意味を与え、満たすことで、永遠の反復は止まる。
シャルロッテは、床に、チョークで小さな線を一本引いた。それは、鳥の羽を抽象化した、ごくシンプルな図形だ。
そして、土属性魔法と光属性魔法を応用し、その図形を、階段の壁全体に、隙間なく、規則正しく敷き詰めていく。この隙間なく敷き詰めた模様……つまりテセレーション……は、鳥の羽が、次の鳥の羽の形となり、壁全体が、生命を持つ幾何学模様へと変貌した。
それは、空間を完全に埋め尽くし、どこにも「空虚な余白」を残さない、知的な可愛さに満ちた模様だった。
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その模様が完成した瞬間、マリアンネは、魔法の波動の変化に気づいた。
「階段の、空間の反復が止まったわ! 魔力的なねじれが解消されたのね!」
シャルロッテの「可愛いテセレーション」が、不可能図形を成り立たせていた空間の違和感を、美学的に解消したのだ。
シャルロッテは、階段を登り始めた。階段は、もう同じ場所に戻らず、頂上の扉へと、まっすぐ続いていた。
「ね、お姉様。もう、登らなくていいよ。だって、壁が、可愛い模様で、いっぱいになったから!」
マリアンネは、妹の純粋な「可愛い」の哲学が、高度な魔法的幾何学を解き明かしたことに、深く感動した。
「シャル。あなたは、世界の法則の不完全さを、美学で完成させる天才よ」
古い塔の螺旋階段は、シャルロッテの愛らしい知恵によって、不気味な空間から、知的な美しさに満ちた、愛らしい場所へと生まれ変わったのだった。