第七十六話「王室文書館の『停滞』と、小さな王女の戦略的休息」
その日の王室文書館は、重く冷たい空気に満ちていた。文書館のチーフであるベテラン貴族が、急な病で倒れたため、文書の整理と情報共有のシステムが完全に停滞していた。
アルベルト王子は、その停滞が国政全体に与える影響を危惧し、文書館の再建に乗り出していた。しかし、長年の慣習と、古い貴族たちの「職人気質」が邪魔をし、新しい情報共有の仕組みが全く導入できないでいた。
「効率化は急務だが、彼らは伝統を破ることを頑なに拒んでいる。組織の硬直性とは、ここまで手強いものか」
アルベルトは、文書の山を前に、自身のリーダーシップが問われているのを感じていた。
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そこに、シャルロッテが、モフモフを抱いてやってきた。彼女は、文書館の隅にある、誰も使っていない古い革製のソファに、静かに座った。
「ね、アルベルト兄様。文書館のお部屋、息苦しいよ」
アルベルトは、妹の言葉に、苦笑いした。
「そうか。だが、ここは王国の記憶を保管する場所だ。一定の緊張感が必要なのだ」
「ううん。違うよ。休憩してないから、みんな動けないんだよ!」
シャルロッテは、前世で学んだ組織論の知識を応用した。長時間の集中と、硬直したルールは、必ず生産性を低下させる。必要なのは、効率的な休息と、視点の転換だ。
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シャルロッテは、光属性魔法を応用し、文書館の隅の、誰も気づかない空間に、微細な、七色の光の粒子を舞わせた。そして、その光の粒子が、文書館のチーフが使っていた古い革製のソファに集まるように誘導した。
「ね、兄様。このソファ、みんなの疲れを吸い取ってくれるよ。五分だけ、休んでみて?」
アルベルトは、半信半疑ながらも、その七色の光を浴びたソファに座った。すると、長時間の緊張と疲労が、一瞬で溶け出すのを感じた。ソファは、まるで彼の体温に合わせて呼吸しているかのように、心地よかった。
「これは……」
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アルベルトは、妹の無言の提案を、組織運営のヒントとして受け取った。彼は、文書館の貴族たちに、「一時間に五分、あのソファで休息を取ること」を、新しい規律として導入した。
最初は、「伝統を破る行為だ」と反発していた古参の貴族たちも、そのソファの癒やし効果に驚いた。休憩を挟むことで、彼らの思考は柔軟になり、硬直していた情報共有のシステムは、驚くほどスムーズに動き始めた。
チーフ貴族が復帰した際、文書館は以前よりも遥かに効率的で、活気のある組織へと変貌していた。
彼は、アルベルト王子に感謝を伝えた。
「王子殿下。我々が欠けていたのは、新しいシステムではなく、効率的な休息という、人間的な視点でした」
アルベルトは、妹の元にやってきた。
「シャル。君は、王国の組織を救った。君の『可愛い』という、人間的な視点こそが、最も洗練されたリーダーシップだ」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だってみんなが可愛い休憩を取らないと、可愛いお仕事はできないもん!」
シャルロッテの純粋な「可愛い」の哲学は、王室の硬直した組織に、温かい人間性と、洗練された効率性をもたらしたのだった。