第七十二話「早朝の礼拝堂と、銀色の光の『無音の対話』」
その朝は、夜明け前、まだ世界が深い眠りについている静寂の中で訪れた。王城の礼拝堂には、窓から差し込む、ごく微かな、冬の月の光だけが満ちていた。
シャルロッテは、一人、礼拝堂の最前列に座っていた。彼女の銀色の髪は、その僅かな光を反射し、静謐な美しさを放っている。
礼拝堂には、人の声も、教会の鐘の音もなく、あるのは、絶対的な静謐さだけだった。
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シャルロッテは、目を閉じた。彼女の心は、外界の喧騒から完全に切り離され、透明な水面のように澄み切っている。彼女は、この「無音」の中で、世界と、そして自分の心と、深く対話していた。
モフモフは、彼女の膝の上で、岩石のような硬い警戒状態を解き、極限まで柔らかいふわふわの毛皮となり、共に静寂を分かち合っていた。
シャルロッテは、その静寂の中で、光属性魔法の力を、自分の内に深く集中させた。その魔力は、外に向けて放たれることはなく、ただ、彼女自身の存在の核を、穏やかに、しかし力強く、照らしている。
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彼女の内に集中された光の魔力は、礼拝堂の石造りの壁に、ごく微細な、七色の波紋として伝わり始めた。
その波紋は、壁の冷たさ、石の持つ悠久の時、そしてこの場所に込められた歴代の王族たちの静かな祈りの残滓を、シャルロッテの心へと伝えてきた。
シャルロッテは、その波紋を、「無音の対話」として受け止めた。彼女の内に宿る虹色の光は、王城の歴史と、この空間の静謐な精神性との間で、優しく共鳴していた。
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その時、礼拝堂の扉が、ごく微かに開いた。
アルベルト王子が、早朝の祈りのために、静かに礼拝堂に入ってきたのだ。彼は、最前列で瞑想する妹の姿を見て、一瞬、足を止めた。
アルベルトは、妹の周りから放たれる、聖歌のように透き通った、静謐な魔力の光を感じ取った。それは、彼が日頃から追い求める、王族としての精神的な純粋さと、強さの象徴だった。
アルベルトは、妹の静寂を邪魔しないよう、言葉を発することなく、そっと、一歩離れた場所に膝をついた。
彼は、妹の無言の祈りと、その場を満たす厳かな美しさの中で、自らの心を清めた。
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夜明けと共に、窓から太陽の光が差し込み始めた。
シャルロッテは、静かに目を開けた。彼女の顔は、安堵と、深い理解に満ちていた。
「兄様」
「シャル」
二人は、何も語らなかった。
しかし、この早朝の無音の対話を通して、彼らの間の絆と、王族としての精神性は、さらに深く、静かに結びついた。
二人は静かに頷き合った。
そしてシャルロッテは、モフモフを抱き、礼拝堂を後にした。
彼女の心には、この無音の静寂の中で得た、「存在そのものの愛」という、最も神聖で、温かい光が満ちていた。