第六十九話「薔薇と光と、三女殿下の『愛と美と可愛い』論」
その日の午後、シャルロッテは、王城の温室の片隅で、一人静かに座っていた。彼女の周りには、色とりどりの花々が咲き誇り、空気は甘い香りに満ちている。
シャルロッテは、自分の哲学の根幹をなす、三つの言葉について考えていた。
それは、「愛」と「美」と「可愛い」だ。
彼女は、テーブルの上に、それぞれを象徴するものを並べた。
「愛」の象徴として、ルードヴィヒ国王とエレオノーラ王妃の結婚記念に贈られた、一輪の純粋な白い薔薇。
「美」の象徴として、イザベラが持っている、完璧なカットが施された透明な宝石。
そして、「可愛い」の象徴として、モフモフ。
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シャルロッテは、まず「美」を象徴する宝石を手に取った。
「宝石は、きらきらして、とっても綺麗。でもね、触ると冷たいの。誰も傷つけないけど、誰も温めないよ。宝石は、見ているだけの美しさだね」
次に、彼女は「愛」を象徴する白い薔薇を見た。
「薔薇は、愛だよ。パパとママの愛のように、温かくて、優しい。でもね、薔薇には、トゲがあるの。愛は、時々、チクッて痛いのよ」
そして、彼女は「可愛い」の象徴であるモフモフを抱きしめた。モフモフは、彼女の腕の中で、幸せそうに喉を鳴らした。
「モフモフは、可愛い。モフモフは、温かい。そして、トゲがない。可愛いって、なんだろう?」
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シャルロッテは、ここで、光属性魔法を応用した。
彼女は、薔薇と宝石とモフモフの三つに、それぞれ異なる波長の光を当て、その「本質」を可視化しようとした。
宝石は、鋭い、しかし均質な青白い光を放った。
完璧だが、冷たい。
薔薇は、温かく、しかし複雑な、揺らぎのある赤い光を放った。
情熱的だが、不安定だ。
そして、モフモフは、ごく穏やかで、しかし広範囲に広がる、虹色の柔らかな光を放った。
それは、周りのすべてを包み込み、決して傷つけず、ただ肯定する光だった。
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シャルロッテは、その光の現象を見て、「愛と美と可愛い」の三位一体の真理を悟った。
「わかった! 美は、完璧さで、頭で見るもの。愛は、情熱で、心で感じるもの。そして、可愛いはね……」
彼女は、モフモフの放つ光を、宝石と薔薇に浴びせた。
すると、宝石の鋭い光は丸くなり、薔薇のトゲの影は消えた。
「可愛いはね、『愛と美が、誰にも傷つけられないように、ふわふわの光で包まれたもの』なんだよ!」
彼女は、「可愛い」こそが、愛の持つ不安定さと、美の持つ冷たさを、最も優しく、そして普遍的な形で昇華させた、究極の感情だと結論づけた。
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その日の夜、アルベルト王子は、妹の部屋で、その日の考察を聞いた。
「シャル。君の言う通りだ。我々が追い求める王国の理念は、まさしく、君の言う『可愛い』という、普遍的な優しさに集約されている」
シャルロッテは、兄に、白い薔薇を差し出した。
「だからね、兄様。難しいことを考えるのは、もうおしまい! 可愛いことだけを考えよう! そうすれば、みんな、幸せになるよ!」
シャルロッテの純粋な「可愛い」の哲学は、王国の最も深遠な真理となり、愛と美を優しく包み込んだのだった。