第六十六話「古い小道の名前と、午後の幻の光の泉」
その日の午後、シャルロッテは、王城の庭園から少し離れた、ほとんど人が通らない古い小道を歩いていた。小道は、アーチ状になった野薔薇の枝に覆われ、地面には、木々の葉が落ち、ひっそりとした、夢のような雰囲気が漂っていた。
シャルロッテは、その何でもない小道に、言いようのないロマンティックな憧れを抱いた。
「ねえ、エマ。この道、なんだか秘密の物語が隠されているみたい」
エマは、「そうですね、殿下。ただの裏道ですが、古くからあるようです」と答えた。
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シャルロッテは、その小道に、自分の豊かな想像力を注ぎ込んだ。
彼女は、この道を心の中で「光の妖精たちが、月のしずくを集めるために通る道」と名付けた。
彼女は、道の入り口に立つ、古びた石柱に、光属性魔法を応用した。その魔法は、石柱に、誰も気づかないごく微細な、七色に揺らぐ虹色の苔を生み出した。
そして、シャルロッテは、その苔に、水属性魔法を応用した。魔法は、苔の周りの空気中の水分を集め、光の粒が噴き出す「幻の光の泉」の幻影を作り出した。
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「うん、これでいいわ」
シャルロッテは、目を輝かせた。
「見て、エマ! 妖精さんが、お水を飲んでいるよ!」
エマの目には、幻影は見えない。しかし、シャルロッテの純粋な感動が、周囲の空気を温かい魔力で満たし、エマにも、その小道が、急に愛おしく、神秘的な場所として感じられ始めた。
エマは、ロマンティックな気分に浸りながら、そっと口を開いた。
「殿下。この道に、名前をつけて差し上げませんか」
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シャルロッテは、腕を組み、真剣に考えた。
さきほど心の中ですでに「光の妖精たちが、月のしずくを集めるために通る道」という名前をつけたのだが……最も美しい言葉、最も感動的な表現で、この小道にふさわしい名前をつけたいという気持ちが湧いてきた。
「そうね……じゃあ、この道は『月のしずくと、永遠の約束の小道』よ!」
彼女は、その名前の響きと、そこに込められた物語に、深く感動した。彼女の「可愛い」という感覚は、世界に存在するすべてのものに、物語と意味を与える力を持っていた。
その時、小道の曲がり角から、フリードリヒ王子が、訓練帰りの疲れた様子で現れた。彼は、汗を拭いながら、その小道を「近道」として使っていた。
「シャル。こんなところで何をしているんだ? ここはただの近道だぞ」
シャルロッテは、兄に、鼻先にそっと触れるほどの距離で、秘密を打ち明けた。
「違うよ、兄様! ここはね、『月のしずくと、永遠の約束の小道』なの! ここを通るとね、心が、全部可愛くなるのよ!」
フリードリヒは、妹の真剣な瞳と、その言葉の美しさに、思わず立ち止まった。彼は、妹の豊かな感性を前に、自分の「ただの近道」という言葉が、どれほど味気ないものだったかを痛感した。
彼は、妹の頭を優しく撫でた。
「そうか。じゃあ兄ちゃんも、これからはこの道を通るたびに、心を可愛くする魔法をかけることにするよ」
シャルロッテは、兄の理解と、その言葉の優しさに、大喜びした。
「うん、絶対だよ!」
その日の午後、古い小道は、シャルロッテの豊かな想像力によって、王城の中で最も愛らしく、ロマンティックな場所へと生まれ変わったのだった。




