第六十五話「給食の焦げたパンと、不満を喜びにする魔法」
第六十五話「給食の焦げたパンと、不満を喜びにする魔法」
その日の王城では、給仕係が、子供たちの昼食に出すはずだったパンを、窯でわずかに焦がしてしまうという小さな失敗が起きた。パンの表面は少し硬く、黒い焦げ目がついてしまっている。
給仕係は顔面蒼白で、エマを通じてエレオノーラ王妃に報告した。
「ああ、なんてことでしょう。三女殿下に、こんな焦げたパンをお出しするわけには……!」
エレオノーラ王妃は、「仕方ないわ、作り直させましょう」と、静かに指示を出そうとした。
◆
しかし、シャルロッテは、その焦げたパンを見て、目を輝かせた。
「わあ! このパン、可愛い!」
王妃や給仕係は、驚いてシャルロッテを見た。
「シャル、このパンのどこが可愛いのですか。焦げてしまっているのですよ」と、王妃は尋ねた。
シャルロッテは、パンを手に取り、その焦げ目を指でそっと撫でた。
「見て! この焦げ目はね、窯の中の火が、このパンを一番愛してくれた証拠なんだよ! 火がね、『もっと美味しくなーれ!』って、ぎゅーって抱きしめてあげたから、こんな焦げ目の模様がついたの!」
彼女の視点では、失敗や欠点も、すべては愛と熱意の結果であり、個性的な魅力に他ならなかった。
◆
シャルロッテは、給仕係の顔を見た。給仕係は、まだ失敗を悔やみ、顔を曇らせていた。
シャルロッテは、給仕係にパンを差し出した。
「ね、お兄さん。このパンを焦がしたのは、誰にも負けないくらい、一生懸命パンを焼いてくれたからでしょう? 失敗じゃないよ! このパンを、世界一愛してくれたってことだよ!」
給仕係は、その言葉に、胸を打たれた。
彼は、自分の失敗を責めるのではなく、自分の仕事に込めた情熱を、この小さな王女に肯定されたのだ。
彼の顔に、安堵と喜びの光が灯った。
その瞳には光るものがあった。
◆
シャルロッテは、その焦げたパンを、通常のパンよりも美味しそうに食べた。
「ん~! 美味しい! 焦げたところが、なんだか特別なキャラメルみたいな味がするよ!」
その様子を見ていたアルベルト王子やフリードリヒ王子も、妹の笑顔に引き込まれ、焦げたパンを手に取った。彼らの顔にも、自然と笑みがこぼれる。
アルベルトは、「確かに、この香ばしさは、通常のパンにはない魅力だ」と、妹のポジティブな発見を論理的に肯定した。
エレオノーラ王妃は、給仕係に作り直しを命じることなく、その焦げたパンを全員の昼食に出すよう指示した。
「このパンは、愛が強すぎて焦げたパンとして、王城の新しい伝統にしましょう」
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その日の午後、王城の給仕係の間には、「失敗したことは、誰よりも頑張った証」という、新しい教訓が広まった。
シャルロッテの純粋で前向きな視点は、王城の小さな失敗を、愛と喜びの物語へと変えてしまった。彼女の「可愛い」という感覚は、世界に存在するすべての不満や欠点から、無条件の喜びを見つけ出す、最強の力となったのだった。