第六十三話「城下町の隅と、一輪の野の花の奉仕」
その日の午後、シャルロッテは、エマと共に、城下町の最も古い、日当たりの悪い一角を訪れていた。そこは、貧しい職人や日雇いの人々が寄り集まって住む、王城の光が届きにくい場所だった。
王族が訪れるのは稀なその場所で、シャルロッテは、一人、膝を抱えて座り込んでいる、年老いた盲目の女性を見つけた。彼女は、王族の訪問にも気づかず、静かに震えていた。
◆
エマは、「殿下、危険です」とたしなめたが、シャルロッテは、モフモフを抱き、その女性の隣にそっと座った。
女性は、寒さや空腹で震えているのではなく、誰にも見られていないという孤独と、自分がこの世界に何の役にも立っていないという無力感に苛まれていた。
シャルロッテは、彼女に施しを与えることはしなかった。お金や、治癒魔法による一時的な癒やしは、彼女の心の空虚さを埋められないことを知っていた。
彼女が探していたのは、「存在の肯定」という、最も小さな愛の行為だった。
◆
シャルロッテは、自分の周りの荒れた地面を見つめた。その泥の中に、ごく小さな、名も知らぬ、白い野の花が一輪、健気に咲いているのを見つけた。
シャルロッテは、その小さな花を、大切に摘み取った。
そして、その白い花を、盲目の女性の、冷たくなった手のひらに、そっと置いた。
「ね、おばあ様。このお花、とっても可愛いよ」
女性は、花の柔らかな感触と、その花から伝わる、温かい魔力……シャルロッテの愛……に気づき、顔を上げた。
「ああ……これは……」
◆
シャルロッテは、その花を、女性の鼻先にそっと近づけた。
「このお花、誰も見ていないところで、一生懸命咲いていたんだよ。おばあ様が、今、ここに、ただ、いてくださることが、このお花が咲いているのと同じくらい、とっても大切で、とっても可愛いことなんだよ」
それは存在そのものへの肯定という、究極の無償の愛だった。
女性は、その花と、シャルロッテの言葉によって、自分がこの世界に無意味ではないことを、深く理解した。彼女の孤独と無力感は、一瞬で溶け去り、顔に静かな安堵の光が灯った。そして二人はただ微笑み合った。
◆
シャルロッテは、女性の隣に座り、しばらくの間、何も言わずに、ただその手に触れていた。
エマは、王女が最高級の宝石を与えるよりも、一輪の小さな花と、ただ共にいるという、最も小さな行為に、最も大きな愛を込めているのを見て、涙ぐんだ。
王城に戻ったシャルロッテは、王妃にその日の出来事を話した。
「ママ。わたしね、今日一番小さなところに、一番大きな幸せを見つけたよ」
エレオノーラ王妃は、娘の頭を優しく撫でた。
「そうね、シャル。見えないところにこそ、本当の愛が宿るものよ」
シャルロッテの「可愛い」という感覚は、今日、最も小さな者への無償の愛を、静かに実行する力となったのだった。