第六百十四話「思い出の切り抜きと、乙女たちの『デコレーション日記』」
その日の午後、王城のサンルームは、紙の焼ける匂いではなく、真新しい紙とインク、そして甘い糊の香りに満たされていました。
テーブルの上には、山のような素材が広がっています。
色とりどりの紙片、レースの切れ端、金色のシール、乾燥させた押し花、そして「魔法のマスキングテープ」。
シャルロッテは、分厚い革表紙のノートを抱えて、集まったメンバー――イザベラ王女、マリアンネ王女、エリーゼ――に向かって、高らかに宣言しました。
「みなさま、ペンとハサミを持って! 今日は『思い出を、宝石にする魔法』をかけるよ!」
それは、ただの日記書きではありません。
日常の些細な出来事を、切ったり貼ったりして飾り立てる「コラージュ・パーティー」の始まりでした。
イザベラ王女は、優雅な手つきでハサミを持ちました。
「日記というのは、ただ文字を書くだけだと思っていたけれど……。この『飾り枠』をつけるだけで、なんてことないお茶会の記録が、まるで舞踏会の招待状のように見えてくるわね」
彼女は、先週のティータイムのページに、アンティーク風のシールと、本物のレースを貼り付けました。
シャルロッテが横から、光属性の魔法をちょっぴり糊に混ぜます。
すると、貼られたレースが微かに発光し、ページ全体がふんわりと浮き上がって見えるようになりました。
「素敵! 私の退屈な一日が、ドラマチックな物語の1ページになったわ」
マリアンネ王女は、定規とカッターを使って、幾何学的な模様を作っていました。
「情報の整理整頓ね。でも、ただ並べるだけじゃなくて、こうして色紙を重ねて『層』を作ると……不思議ね。データに『奥行き』が生まれるわ」
彼女は、読んだ本の感想を記録したページに、その本の表紙と同じ色の紙を貼り、さらにその上に、感想を書いたトレーシングペーパーを重ねました。
めくるたびに、違う表情が見える仕掛けです。
「お姉様、すごい! 飛び出す絵本みたい!」
エリーゼは、少し照れくさそうに、ポケットから「キャンディの包み紙」を取り出しました。
「あの……こんなゴミみたいなものでも、いいんでしょうか? 昨日、シャルロッテ様にいただいた飴が、とても美味しくて、捨てられなくて……」
「もちろん! それが一番の宝物だよ!」
シャルロッテは、エリーゼの手元を覗き込みました。
エリーゼは、包み紙を丁寧に伸ばし、ノートの隅に貼り付けました。そして、その周りを、キラキラ光るペンで囲み、小さな星を描き足しました。
ただのゴミだった包み紙が、そこにあるだけで、「あの時の甘い味」を思い出させる、特別なアイコンに変わりました。
「可愛い……。こうして貼っておけば、いつでもあの時の幸せな気持ちに戻れますね」
シャルロッテも、自分のノートに向かいました。
彼女が貼ったのは、モフモフの抜け毛(!)、庭で拾った変な形の葉っぱ、そして、失敗して滲んでしまったインクの染みでした。
「失敗したページもね、上からシールを貼って、リボンで隠しちゃえば、『わざとやったオシャレな模様』に見えるんだよ!」
チョキチョキ、ペタペタ。
部屋には、ハサミの音と、紙をめくる音、そして「これ可愛い!」「ここ、どうしよう?」という楽しげな声だけが響いていました。
それは、過去の時間を、「編集」する作業でした。
少し悲しかった日のページには、明るい太陽のシールを貼って励ます。
嬉しかった日のページには、金色の枠をつけて、もっと特別にする。
自分の人生を、自分の手で「可愛いもの」として肯定していく、魔法のような時間。
夕方になり、アルベルト王子が様子を見に来た時、彼は机の上に散乱する紙吹雪と、完成したノートを見て目を丸くしました。
「……これは、日記か? 文字よりも、貼ってあるものの方が多いじゃないか。分厚すぎて、本が閉じていないぞ」
シャルロッテは、パンパンに膨れ上がったノートを、誇らしげに掲げました。
「いいの! 分厚いのはね、幸せがいっぱい詰まってる証拠だもん! その方が絶対可愛いでしょ?」
アルベルトは、イザベラやマリアンネが、少女のような顔で互いのノートを見せ合っているのを見て、ふっと表情を緩めました。
「なるほど。記録とは、事実を残すためだけにあるのではないのだな。感情を残すためには、これくらいの厚みが必要なのかもしれない」
シャルロッテは、ノートを胸に抱きしめました。
その重みは、ただの紙の重さではありません。
「私の毎日は、こんなに可愛くて、楽しかったんだ」という、確かな実感の重さでした。
窓の外では夕焼けが燃えていました。
今日の夕焼けの色も、忘れないように、あとでオレンジ色の絵の具で日記に塗っておこう。
そう思いながら、シャルロッテはモフモフの頭を撫でました。今日もまた、素敵な1ページが増えたのです。




