第六百八話「引退動物たちの合唱と、姫殿下の『真夜中のジャズ・セッション』」
その日の夕暮れ、王城の厩舎の裏手には、どこか哀愁漂う空気が流れていました。
そこには、かつて王国の役に立っていたけれど、今は年老いて引退間近となった動物たちが集まっていたのです。
重い荷物を運べなくなったロバのロシナンテ。
鼻が利かなくなり、獲物を追えなくなった元猟犬のバロン。
ネズミを捕るよりも寝てばかりいる、太った老猫のミケ。
そして、朝一番に鳴くことができなくなった、かすれ声の鶏、コケッコー。
「ふぅ……。わしらももう潮時かのう。若い馬や犬たちにはついていけん」
「明日の朝には、城を追い出されるかもしれんワン……」
彼らは、自分たちが「用済み」であることを嘆き、沈んだ声で鳴き交わしていました。
ヒヒーン(※溜息)、ワォーン(※遠吠え)、ニャー(※欠伸)、コケーコケッコケッゴケッ(※咳き込み)。
その不協和音は、寂れた裏庭に虚しく響いていました。
◆
そこへ、シャルロッテがモフモフを連れて、散歩にやってきました。
彼女は、動物たちの集会を見つけると、目を輝かせました。
「わあ! かっこいい! みんな、秘密の練習をしてるの?」
動物たちは顔を見合わせました。
ロバのロシナンテが、悲しげに首を振りました。
「いいえ、姫殿下。これは練習などという立派なものではありません。ただの老いぼれの愚痴と嘆きでございます」
シャルロッテは、首を傾げました。
彼女の耳には、彼らの鳴き声が、ただの雑音ではなく、深く、味わい深い「魂の叫び」に聞こえていたのです。
「えー? でも、すごく素敵な音だよ。ロバさんの声は、お腹に響くベースみたいだし、ワンちゃんの声は、枯れたサックスみたい。猫さんはピアノで、鶏さんはドラムだよ!」
シャルロッテは、彼らの老いを渋みと捉え直しました。
若者のような張りや正確さはないけれど、長い時間を生きてきた者だけが出せる、かすれや揺らぎ。それはまさに、大人の音楽「ジャズ」そのものでした。
「ねえ、みんな、王都へ行こうよ! 今夜の夜会で、みんなの音楽を聴かせてあげるの!」
「夜会で!? 我々のような老いぼれが!?」
「うん! 私が指揮をしてあげる! だから大丈夫! それにその方が絶対可愛いもん!」
◆
その夜、王城のホールでは、貴族たちを集めた舞踏会が開かれていました。
優雅な弦楽四重奏が流れる中、突如、ホールの扉が開き、シャルロッテとモフモフ、そして四匹の老動物たちが入場しました。
貴族たちがざわめく中、シャルロッテはホールの中央に彼らを並ばせました。
そして、光属性と音響魔法を融合させ、彼らにスポットライトを当てました。
「レディース・アンド・ジェントルマン! 今夜のスペシャルゲスト、『シルバー・スターズ』の登場だよ!」
シャルロッテが指をパチンと鳴らすと、演奏が始まりました。
ボボボボ……ン。
ロバが、低く唸るように鳴きます。それは、重厚なウッドベースのリズム。
ワウゥゥ……ン。
犬が、切なく遠吠えをします。それは、哀愁を帯びたサックスの旋律。
ニャーゴ、ニャオ。
猫が、気怠げに鳴き声を挟みます。それは、即興的なピアノの合いの手。
そして、ケッ、カッ、コッ!
鶏が、不規則に喉を鳴らします。それは、前衛的なドラムのビート。
個々では頼りない声が、シャルロッテの魔法による調律と、彼らの長年の経験(人生の重み)によって、奇跡的なアンサンブルを生み出しました。
それは、若く煌びやかな音楽とは違う、燻し銀の魅力に満ちた、渋くてかっこいいジャズ・セッションでした。
「お、おお……。なんだこの、心に染み入る音色は……」
年配の貴族たちが、グラスを止めて聴き入りました。
「彼らの声には、人生の悲哀と、それを笑い飛ばす強さがある」
音楽にうるさいフェリクス楽師も、感嘆の声を漏らしました。
動物たちは、最初は怯えていましたが、観客の温かい視線と拍手を感じて、次第に背筋を伸ばし、誇らしげに声を張り上げ始めました。
彼らは、「用済み」なんかじゃなかった。彼らの声は、まだ誰かの心を震わせることができるのだ。
演奏が終わると、ホールは割れんばかりの拍手喝采に包まれました。
シャルロッテは、動物たちとハイタッチ(またはハイ・肉球)をしました。
「ね? 言ったでしょう? みんなの声は、最高にかっこいいって!」
その日以来、彼らは「王宮専属・夜更かし音楽隊」として、正式に任命されました。
泥棒を追い払うのではなく、寂しい夜を過ごす人々の心を慰めるのが、彼らの新しい仕事になったのです。
シャルロッテは、モフモフを抱いて、彼らの練習(という名のお喋り)を聞きながら、満足そうに眠りにつきました。
年を取るということは、新しい楽器を手に入れることなのかもしれないな、と思いながら。




