第六百七話「空き箱の城塞と、姫殿下の『無限迷宮マイホーム』」
その日の午前、王城の裏庭には、小山のような「ゴミの山」ができていました。
隣国からの貿易船が到着し、高価な陶磁器や織物を運び込んだ後、梱包に使われていた大量の頑丈な木箱が不要になったのです。
執事のオスカーは、腕まくりをした使用人たちに指示を出していました。
「さあ、手際よく解体して、暖炉の薪にするのです。釘に気をつけて」
そこへ、シャルロッテがモフモフを抱えて、ものすごい勢いで走ってきました。
「ストーーーップ!!」
オスカーが驚いて振り返ります。
「ひ、姫殿下? いかがなさいましたか?」
「壊しちゃダメ! それはゴミじゃないよ! 『お城の部品』だよ!」
シャルロッテは、一番大きな木箱に飛びつきました。
前世の記憶においても、子供にとって「巨大な空き箱」ほど、想像力を掻き立てられる玩具はありませんでした。それは、車にも、家にも、宇宙船にもなる魔法の素材なのです。
「ねえ、オスカー。これを使って、庭にお城を作るの! 『薔薇の塔・別館』だよ!」
オスカーは困惑しました。
「しかし姫様、ただの木箱ですぞ。積み上げたところで、すぐに崩れてしまいますし、中は狭くて暗いだけです」
「ううん。魔法を使えば、中は広くなるんだよ!」
シャルロッテは、庭師のハンスや、暇そうにしていたフリードリヒ王子も巻き込んで、大掛かりな「建設工事」を始めました。
まず、箱を積み上げます。横に並べたり、二段重ねにしたり、トンネルのように繋げたり。
そして、シャルロッテは、箱と箱の接合面に、土属性(※接着)と空間魔法を融合させました。
「ほおら、くっつけ、くっつけ! そして中は繋がって、広くなあれ!」
彼女の魔法は、物理的な壁を取り払うのではなく、箱の内部空間をねじ曲げ、外見よりも遥かに広く、そして複雑に連結させました。
外から見れば、ただの「積み上げられた木箱の山」ですが、入り口(※側面の穴)から中を覗くと、そこには奥深く続く、木の香りのする回廊が広がっていたのです。
「かんせーい! さあモフモフ、突撃だよー!」
モフモフが、箱の穴に頭から突っ込みました。お尻をフリフリさせながら、奥へと消えていきます。
シャルロッテも続きます。
フリードリヒ王子は、鎧が引っかからないか心配しながらも、好奇心に勝てず、四つん這いになって入り込みました。
「お、おお? 意外と広いぞ! 立てはしないが、匍匐前進には最適な広さだ!」
箱の中は、迷路のようになっていました。
右に行けばクッションが敷き詰められた「お昼寝ルーム」。
梯子を登れば(箱をよじ登れば)、外の光が差し込む「展望台」。
そして、奥へ進めば進むほど、空間は不思議に広がり、どこにいるのかわからなくなるワクワク感がありました。
オスカーも、姫殿下の護衛という名目で、渋々ながらジャケットを脱ぎ、箱の中へ入りました。
最初は眉をひそめていましたが、狭い空間特有の「包まれている安心感」と、木の香りに、次第に表情が緩んでいきました。
「……ふむ。これは、悪くありませんな。子供の頃、押入れに隠れた時の高揚感を思い出します」
そこへ、公務の合間にルードヴィヒ国王がやってきました。
庭に築かれた怪しげな木箱の砦を見て、国王は目を丸くしました。
「なんだあれは。新しい防衛拠点か?」
すると、箱の一つから、ひょこっとシャルロッテが顔を出しました。
「パパ! ここ、私の新しいお家だよ! 入っていいよ!」
国王は、王冠がぶつからないか気にしつつ、威厳を保ったまま(※四つん白いで)入城しました。
中で待っていたのは、車座になってクッキーを食べているフリードリヒとオスカー、そしてモフモフでした。
「陛下、ようこそ。ここは、世界で一番狭くて、一番落ち着く応接間です」
オスカーが、箱の中で紅茶を注ぎました。
国王は、あぐらをかいて座り、狭い天井を見上げました。
板の隙間から、細い光の筋が差し込み、埃がキラキラと舞っています。
外の喧騒は遠く、ここには自分たちだけの秘密の時間が流れていました。
「……うむ。広い玉座よりも、この狭さが、妙に落ち着くな」
国王は、クッキーをかじりながら、リラックスした息を吐きました。
シャルロッテは、モフモフのお腹を枕にして寝転がりました。
「ね? 中身が入っていた時よりも、空っぽになった今のほうが、夢がいっぱい詰まってるでしょう? この方が絶対可愛いもんね!」
その日の午後、王城の庭には、不格好な木箱の山がそびえ立ち、その中からは、時折、王様や王子様の楽しげな笑い声が、こもった音で響いていました。
高価な陶磁器よりも、それを包んでいた空き箱の方が、家族にとっては遥かに価値のある「遊び場」だったのです。




