第六百三話「水玉の南瓜畑と、姫殿下の『無限のつぶつぶ世界』」
秋の収穫祭が近づく午後、王城の専用農園にある「カボチャ畑」は、少し神経質な空気に包まれていました。
畑の管理を任された芸術家肌の園芸師、ユリア夫人は、収穫したばかりの巨大なカボチャを前に、筆を持って悩み込んでいたのです。
「ああ、ダメだわ。このカボチャの形、どうしても『静か』すぎる。生命のエネルギーが足りないのよ。もっとこう、魂がざわざわするような、宇宙の響きが必要なの!」
ユリア夫人は、完璧なオレンジ色のカボチャを見ても満足できず、そこに「何か」を足したいという、強迫的な衝動に駆られていました。彼女の目には、ツルッとした表面が、耐え難い「空白」に見えていたのです。
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そこへ、シャルロッテがモフモフを連れて、おやつのカボチャプリンを楽しみにやってきました。
「ユリアおばさま、こんにちは! カボチャさん、とっても立派だね!」
しかし、ユリア夫人は、虚空を見つめながら呟きました。
「これはこれはシャル様……。世界は、隙間だらけです。私は、この隙間を埋め尽くさないと、自分が消えてしまいそうなのです」
普通の人が聞けば心配になるような言葉ですが、シャルロッテは、その言葉の裏にある「世界と繋がりたい」という切実な願いを、直感的に感じ取りました。
「そっか。おばさまは、カボチャさんと、もっと仲良くなりたいんだね」
シャルロッテは、ポケットから、シールのように貼り付く「光の丸い粒」を取り出しました。それは、光属性魔法で作った、色とりどりのドット(水玉)でした。
「ねえ、おばさま。世界中のものを、全部『水玉』にしちゃえばいいんだよ!」
「……水玉?」
「うん! お日様も、お月様も、私たちも、みーんな丸い粒でできているでしょう? だから、カボチャさんにも、お揃いの服を着せてあげるの!」
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シャルロッテは、カボチャの表面に、ペタリ、ペタリと、黒や黄色の水玉を貼り付け始めました。
一つ貼ると、また一つ。
シャルロッテの手は止まりません。それは、単なる模様替えではなく、増殖するエネルギーの解放でした。
ユリア夫人の目が、カッ! と見開かれました。
「……そうよ! それだわ! 点は、無限への入り口! 一つ打てば、次は二つ、その次は四つ! 終わりなき増殖こそが、生命の証!」
夫人は、絵筆を取り、シャルロッテに加勢しました。
二人は、カボチャを埋め尽くす勢いで、大小様々なドットを描き始めました。
オレンジのカボチャは、黒い水玉で覆われ、強烈な存在感を放ち始めました。
しかし、シャルロッテの「遊び」は、そこでは止まりません。
「カボチャさんだけじゃ、寂しいよ! みんなお揃いにしよう!」
シャルロッテは、光属性と変化魔法を融合させ、畑全体に「水玉の嵐」を巻き起こしました。
地面の土にも、畑の葉っぱにも、じょうろにも、そしてユリア夫人のドレスにも、モフモフの毛皮にも!
視界に入るすべてのものに、鮮やかな赤や白、黄色の水玉模様が浮かび上がったのです。
モフモフは、自分の体に浮かんだ水玉を見て、「ミィ?(なんだこれ?)」と不思議そうに回っていますが、その動きさえも、水玉のダンスのように見えます。
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そこへ、アルベルト王子が、農園の視察にやってきました。
彼は、目の前の光景――畑も、小屋も、人も、すべてが水玉に埋め尽くされたサイケデリックな世界――を見て、眼鏡をずり落としました。
「な、なんだここは……!? 空間の遠近感が……消えている!?」
すべての物が同じ模様で覆われたことで、物と物の境界線が曖昧になり、世界が「一つの巨大な水玉の海」に溶け込んでしまったのです。
それは、ユリア夫人が恐れていた「孤独」が消滅し、世界と一体化する(=自己消滅する)という、究極の安らぎの空間でした。
ユリア夫人は、水玉の中で恍惚としていました。
「ああ……。私は今、カボチャであり、土であり、宇宙です。境界線は消えました。私はもう、一人ではありません」
シャルロッテは、全身水玉模様になりながら(※顔にまで貼っていました)、アルベルト王子に抱きつきました。
「兄様も、仲間に入れてあげる! えいっ!」
シャルロッテが触れると、アルベルトの服にも、ポポン! とカラフルな水玉が咲きました。
アルベルトは、最初は戸惑っていましたが、その「世界に溶け込む感覚」の不思議な心地よさに、ふと肩の力を抜きました。
「……なるほど。全てが同じ柄になれば、貴賤も、個体差もなくなる。これは、ある種の『平和の極致』かもしれないな」
その日の午後、カボチャ畑は、目がチカチカするほど鮮やかで、そしてどこまでも平等な「水玉の楽園」となりました。
シャルロッテの純粋な遊び心は、芸術家の狂気を、「世界とハグする」ための、ポップで楽しい魔法へと変えたのでした。
「えへへ。つぶつぶがいっぱいあると、なんだかワクワクしてくるね! うん、とっても可愛い!」
そのカボチャは、後に「幸福のドット・パンプキン」として、城下町で大評判になったそうです。




