第六百話「渇いた王の願いと、家臣たちの『大雨洪水警報』」
その日は、朝からじりじりと太陽が照りつける、うだるような暑さでした。
王城の庭の草花もぐったりと首を垂れ、セミの声だけがミンミンと響き渡っています。
冷房の魔法も効きが悪い執務室で、ルードヴィヒ国王は、カラカラに乾いた喉を押さえて、うわ言のように呟きました。
「あぁ……アメが欲しい……。甘くて、冷たいアメがあれば、この苦しみも癒えるのだが……」
王様が欲しかったのは、氷砂糖が入った冷たい「飴」のことでした。
しかし、暑さで頭が沸騰しかけていた側近たちは、その言葉を壮大に聞き違えてしまったのです。
◆
まず飛び出したのは、第二王女のマリアンネでした。
彼女は白衣を翻し、研究塔へダッシュしました。
「(父上は、この日照りを憂いておられる! 国を救うための『雨』をご所望なのだわ!)」
彼女は、開発中の「超局地的気象操作装置」のスイッチを入れました。
ブォン、ブォン、と怪しい音が響き、空に向かって魔力の光線が放たれます。
「降れ! 慈愛の雨よ! 父上の渇きを癒すために!」
次に反応したのは、第二王子フリードリヒでした。
彼は空を見上げ、拳を握りしめました。
「(父上の悲痛な叫び……! 俺の熱い魂で、雨雲を呼び寄せてみせる!)」
彼は中庭に飛び出し、古来より伝わる(と本人が信じている)「雨乞いの舞」を、汗だくになりながら踊り始めました。ドシンドシンと地面を踏み鳴らすその姿は、雨を呼ぶというより、地震を呼びそうです。
さらに、第一王子アルベルトまでもが、深刻な顔で地図を広げました。
「(父上の判断は正しい。水不足は国家の危機だ。直ちに近隣の湖から、灌漑用の用水路を引く計画を前倒しせねば)」
城内は、「雨だ!」「水だ!」「放水だ!」と、上を下への大騒ぎになりました。
マリアンネの装置が誤作動してスプリンクラーが一斉に放水を開始し、フリードリヒの踊りに呼応したのか(?)一瞬だけ黒雲が湧き、アルベルトが手配した給水車が到着し……。
執務室の窓の外は、まさに「大雨洪水警報」のようなカオス状態になってしまいました。
◆
そんな騒ぎの中、シャルロッテがモフモフを連れて、涼しい顔で執務室に入ってきました。
彼女の手には、ガラスの小瓶が握られています。
「パパ、どうしたの?」
国王は、窓の外の惨状を見て、呆然としていました。
「いや、余はただ……口の中が寂しかっただけなんじゃが……」
シャルロッテは、首を傾げ、小瓶のふたを開けました。
コロン、と出てきたのは、キラキラ光る、水色のソーダ味の飴玉でした。
「パパが欲しかったの、これじゃない?」
シャルロッテは、その飴を国王の口にポイッと放り込みました。
ガリッ、ジュワ〜。
口いっぱいに広がる、冷たくて甘い清涼感。
国王の顔が、一瞬でとろけました。
「んん〜っ! これだ! この『アメ』だ! 余が求めていたのは、天からの恵みではなく、舌の上の恵みであった!」
◆
その瞬間、びしょ濡れになって戻ってきた兄姉たちが、部屋に入ってきました。
髪からは水が滴り、服はぐっしょり。
「父上! 雨を降らせましたぞ!」
「水資源は確保しました!」
彼らは、玉座で幸せそうに飴を転がしている国王を見て、そしてシャルロッテの手にある小瓶を見て、全てを悟りました。
「「「「そっちのアメかーーーーっ!!!」」」」
全員がその場に崩れ落ちました。
フリードリヒが絞り出すように言いました。
「……俺の雨乞いの舞は……」
「……私の最新科学は……」
気まずい沈黙が流れましたが、シャルロッテはケラケラと笑いました。
「あはは! でも、兄様と姉様のおかげで涼しくなったよ! みんなで『雨宿り』しながら、『飴』を食べようよ! その方が絶対可愛いもんね!」
結局、その日の午後は、みんなでびしょ濡れの服を乾かしながら、ソーダ味の飴を舐めて過ごしました。
「雨降って地固まる」とは言いますが、この日は「飴降って口潤う」という、甘くて騒がしい一日となったのでした。
おあとがよろしいようで。




