第五百九十三話「光る絹糸の刺繍と、乙女たちの『ときめきリボン結び』」
その日の午後、王城の「裁縫の間」は、甘いお菓子の香りと、弾けるような笑い声で満たされていました。
テーブルの上には、虹のようにカラフルなシルクのリボン、レース、ビーズ、そしてシャルロッテが用意した「魔法の絹糸」が山のように積まれています。
「みなさま、ごきげんよう! 本日のミッションは、『世界で一番、心が躍るリボン』を作ることです!」
シャルロッテは、自分の銀髪に大きなピンクのリボンをあてがいながら宣言しました。
集まったのは、いつものメンバー。イザベラ王女、マリアンネ王女、そしてエリーゼです。
イザベラ王女が、深紅のベルベットリボンを手に取りました。
「私は、この深い赤に、『情熱の金糸』で刺繍をするわ。動くたびに、薔薇の香りがふわりと広がるような、そんなドラマチックなリボンにするの」
彼女が針を刺すと、シャルロッテが横から光属性魔法をちょっぴり加えました。
すると、金色の糸が自ら光を帯び、布の上を滑るように複雑な薔薇の模様を描き始めました。
「まあ! 私の指先から、光が溢れ出してくるみたい!」
マリアンネ王女は、知的な紺色のサテンリボンを選びました。
「私は、『夜空の瞬き』を表現したいわね。幾何学的な星の配置を刺繍して……」
シャルロッテが風魔法を混ぜると、刺繍された星々が、リボンの中でゆっくりと明滅し、回転を始めました。
「すごいわ。リボンの中に、小さな宇宙ができたみたい。これをつけて図書館に行けば、どんな難問も解けそうだわ」
エリーゼは、優しいクリーム色のレースリボンを手に、少し恥ずかしそうにしていました。
「私は……森の小鳥さんが、歌っているようなリボンがいいな」
シャルロッテが音響魔法を込めると、エリーゼが縫い付けた小さなビーズが、触れ合うたびにチリン、チリンと、小鳥のさえずりのような愛らしい音色を奏で始めました。
「わあ……! 歩くたびに、音楽が聞こえます!」
そして、シャルロッテは、自分用のリボンに取り掛かりました。
彼女が選んだのは、虹色に変化するオーガンジーの布です。
「私はね、『元気いっぱいのキャンディ』を刺繍するよ!」
彼女が縫い付けると、色とりどりの糸が、ぷっくりと膨らみ、本物のドロップやマシュマロのような立体的な形になりました。しかも、甘いバニラの香りまでします。
全員のリボンが完成すると、いよいよ「交換こ」の時間です。
「イザベラお姉様のリボン、すごく大人っぽくて素敵! 私がつけてあげる!」
シャルロッテが、イザベラの髪に深紅のリボンを結びました。金色の薔薇が輝き、イザベラの美貌を一層際立たせます。
「ありがとう、シャル。あなたは、エリーゼの『歌うリボン』が似合うわよ」
エリーゼのリボンをシャルロッテの銀髪に結ぶと、彼女が首を振るたびに、小鳥の歌声が響きました。
「マリアンネ様には、私のこのリボンを……」
エリーゼが紺色の宇宙リボンをマリアンネに渡すと、マリアンネは眼鏡を外してそれをつけ、鏡の前でくるりと回りました。
「ふふ。なんだか、夜空を飛んでいる気分ね」
大きな鏡の前で、四人は並んでポーズを取りました。
それぞれのリボンが、それぞれの個性を完璧に引き出し、光と音と香りで祝福しています。
「みんな、すっごく可愛い!」
「ええ、私たち、無敵ね!」
そこには、難しい理屈も、王国の事情もありません。
ただ、自分の手で作り出した「可愛い」を身につけ、互いを褒め合うことで得られる、無上の幸福感だけがありました。
廊下を通りかかったアルベルト王子とフリードリヒ王子が、部屋から漏れるキラキラしたオーラに気づき、そっと中を覗きました。
しかし、四人の乙女たちが発する圧倒的な「ハッピー・オーラ」と、キャッキャという笑い声の壁に阻まれ、入ることすらできませんでした。
「……まぶしい。あれは、我々が踏み込んではいけない聖域だな」
「ああ。だが、あんなに楽しそうな顔を見られるなら、それだけで十分だ」
二人の兄は、眩しそうに目を細め、静かに立ち去りました。
シャルロッテは、鏡の中の自分と、大好きな人たちを見て、満面の笑みを浮かべました。
「女の子って、リボンひとつで魔法使いになれるんだね! それって最高に可愛いことだね!」
その日の薔薇の塔は、夕暮れまで、乙女たちのときめきと、甘いお菓子の香りに包まれていました。それは、世界で一番平和で、華やかな午後のひとときでした。




