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第五十九話「大食堂のナプキンの法則と、お菓子の『最適な距離』」

 その日の朝食時、王城の大食堂には、いつものように完璧に整頓された食器とカトラリーが並んでいた。テーブルの隅には、一枚一枚、正確な角度で折られた真っ白なリネン製のナプキンが置かれている。


 シャルロッテは、自分の席のナプキンを、じっと見つめていた。そのナプキンは、いつも通りの「王家の折り方」で、完璧な三角形を描いている。


 シャルロッテの脳裏には、前世でデザインや論理思考に関する分野で学んだ「ミニマルデザイン」と「違和感の検出」の概念が蘇っていた。



 「ねえ、パパ。このナプキン、少しだけおかしいよ」


 ルードヴィヒ国王は、「どこもおかしくないぞ」と笑う。しかし、シャルロッテの目には、その完璧なナプキンが、「王族の規律」という重すぎるルールに縛られているように見えた。


 シャルロッテは、ナプキンを手に取り、優雅に、しかし大胆に、対角線の折り目だけを残して、あとは全て緩めるという、新しい折り方を試みた。


「わあ! これで、ナプキンさんが、()()()()()()()!」


 そのナプキンは、まるで鳥の羽のように、ふんわりと軽やかになり、周囲の完璧に整頓されたカトラリーの中で、優雅な違和感を放ち始めた。


 この「緩やかなナプキン」は、その場にいる王族たちの、固まりかけていた思考を、一瞬で解放する効果を持っていた。



 次に、シャルロッテは、大食堂のテーブルに並べられた、山盛りのクッキーの皿を観察した。クッキーは、無造作に積み重ねられている。


「このクッキー、美味しくないね……」と、シャルロッテはつぶやいた。


「そうか? いつものクッキーだが?」と、アルベルト王子は不思議そうに答えた。


 「違うよ! クッキー同士が、近すぎるんだもん! これじゃ、『自分の美味しさ』を、みんなに伝えるための場所がないよ!」


 シャルロッテは、クッキーの皿の真ん中を取り去り、クッキーをテーブルに、一定の間隔を空けて、規則正しく並べ始めた。


 それは、前世の「空間の余白」が、物の価値や存在感を高めるという、ミニマルデザインの法則を応用したものだった。


 並べ終えたクッキーは、無造作に積まれていた時よりも、遥かに美味しそうに見えた。



 フリードリヒ王子が、そのクッキーを一つ手に取った。


「確かに、このクッキーは、さっきまでより、王族の風格があるように見えるぞ」


 マリアンネ王女は、妹の行動の背後にある、論理的な法則を分析し始めた。


 「これは、視覚的な法則性ね。物の持つ情報を過剰にせず、受け手が情報を補完するための『余白』を与えることで、その物の存在意義を強めているわ! 素晴らしい!」


 マリアンネは、興奮して、この法則を「シャルの余白の論理」と名付け、研究ノートに書き始めた。


 シャルロッテは、兄姉たちの難しい議論には耳を貸さず、自分で並べた、一番美味しく見えるクッキーを手に取り、にっこり微笑んだ。


「えへへ。クッキーさんが、『私は私だよ!』って、ちゃんと、自己紹介できるようになったね!」


 シャルロッテの「可愛い」という感覚は、単なる感情ではなく、日常の構造に潜む、遊び心と、知的な法則性を発見する、最強のツールだった。

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