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【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


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第五百九十一話「ガラスの水槽と、姫殿下の『美味しい幻影』」

 その日の午後、王立魔法研究所の地下深くにある「理論魔導室」は、青白い魔法光と、沈鬱な空気に満たされていました。

 部屋の中央には、巨大なガラスの水槽が置かれ、その中には複雑な魔導回路の塊が、培養液のような液体の中で浮遊し、明滅していました。


 その前で頭を抱えていたのは、王国の主席理論家、ヒラリー博士でした。彼は、世界の構造を解析するあまり、恐ろしい仮説に取り憑かれてしまっていたのです。


「……間違いない。この魔導回路が見ている『夢』と、我々が認識している『現実』に、本質的な差はない。もし、何者かが私の脳に電気信号を送っているだけだとしたら? この研究室も、私の肉体さえも、ただの幻影かもしれないのだ……」


 彼は、目の前のコーヒーカップに触れようとして、手が震えて止まりました。その陶器の冷たささえも、偽物の信号かもしれないと思うと、世界が足元から崩れ去るような恐怖を感じたのです。



 そこへ、シャルロッテがモフモフを連れて、トテトテと入ってきました。

 彼女の手には、おやつのドーナツが乗ったお皿がありました。揚げたてのドーナツには、たっぷりの砂糖がまぶされ、甘く香ばしい匂いを漂わせています。


「ヒラリー博士、こんにちは! そんな難しい顔をして何しているの? 水槽のお魚さんとお話してるの?」


 博士は、力なく首を振りました。

「姫殿下……。これは魚ではありません。そして、あなたも、そのドーナツも、存在していないのかもしれないのです」


 博士は、シャルロッテに「水槽の脳」の思考実験を語りました。世界がすべて作り物で、私たちは水槽の中で夢を見ているだけかもしれない、と。


 普通なら怖がるか、否定する話です。

 けれど、シャルロッテはドーナツの穴から博士を覗き込み、ケラケラと笑いました。


「へええ! それって、すごく面白いね! 誰かがこの世界を作ったのなら、その人はすごい『遊びの天才』だね!」


「天才……? これは欺瞞ですよ、姫様」


「そうかなあ。だって見てよ」


 シャルロッテは、モフモフの背中を撫でました。

 モフモフは、気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしました。その毛並みは、冬毛で密度を増し、指が埋まるほど柔らかく、そして温かい。


「もしこれが『ニセモノの信号』だとしてもね、こんなに気持ちいい手触りを思いついたなんて、すごくない? 本物よりも、もっと本物みたいにこだわって作ったんだよ、きっと」


 シャルロッテは、ドーナツを一口かじりました。

 サクッという音と共に、砂糖の甘さと生地の油分が口いっぱいに広がります。


「ん〜っ、美味しい! ねえ博士。もしこの味が『幻』だとしても、私はこの幻が大好きだよ。だって、こんなに幸せな気持ちになれるんだもん! それってすごく可愛いことじゃない?」


 シャルロッテは、光属性と精神魔法をごく微量、ドーナツの残りに振りかけました。

 それは、「食べた瞬間に、頭の中でファンファーレが鳴り響くような幸福感」を増幅させる、いたずらな魔法でした。


「はい、博士も食べてみて! この世界が『最高傑作のゲーム』だってことがわかるから!」


 博士は、半信半疑でドーナツを受け取り、口に運びました。


 ガリッ、ジュワッ。


 舌に広がる甘み。鼻に抜ける香ばしさ。そして、魔法の効果で脳内に響き渡る、喜びのファンファーレ。

 その瞬間、彼の脳裏にあった「虚無感」は、圧倒的な「快感」と「実在感」によって吹き飛びました。


「……う、美味い!!」


 博士は目を見開きました。

 これが電気信号だろうが、幻だろうが、今、自分が感じているこの「震えるような美味しさ」は、否定しようのない事実としてそこにあったのです。


「そうか……。真偽など、どうでもいいことなのかもしれない。私がこれを感じ、感動しているという『現象』こそが、私の世界なのだから」


 博士は、ドーナツをもう一口食べ、指についた砂糖を舐めました。その動作は、とても人間臭く、生き生きとしていました。


 シャルロッテは、水槽の中の魔導回路に向かって手を振りました。


「ねえ、水槽の中の人! 素敵な世界を作ってくれてありがとう! 明日はね、もっと面白い冒険を用意してね!」


 水槽の回路が、まるで返事をするように、チカチカと明るく明滅した気がしました。


 その日の午後、地下の研究室は、哲学的な苦悩の場所から、ドーナツの食べこぼしと笑い声に満ちた、温かいお茶会の場へと変わりました。

 世界が本物かどうかなんて、モフモフのお腹の柔らかさと、おやつの甘さの前では、些細な問題に過ぎなかったのです。

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