第五百八十六話「巡る小皿のパレードと、姫殿下の『追いかける晩餐会』」
ある日の夕暮れ、王城の大食堂は、いつもと少し違う空気に包まれていました。
普段なら、真っ白なクロスが掛けられた長テーブルに、燭台とカトラリーが整然と並んでいる時間です。けれど今日は、テーブルの中央に、奇妙な「溝」のようなものが設置されていました。
それは、磨き上げられた木材で作られた、細長い環状のレーンでした。
「シャル、これは……鉄道の模型か何かか?」
早めに来たフリードリヒ王子が、不思議そうに指でつつきます。
「ううん、違うよ兄様。これはね、『ご馳走のメリーゴーランド』だよ!」
シャルロッテは、厨房の方を向いて合図を送りました。
すると、マリアンネ王女が調整した風属性の魔導具が作動し、溝の中に、目に見えないふんわりとした気流が発生しました。
「さあ、開演!」
厨房の扉が開き、そこから次々と、小さな色とりどりの小皿が流れてきました。
一口サイズのキッシュ、鮮やかなサーモンの手まり寿司、宝石のようなゼリー寄せ、そしてミニチュアのハンバーグ。
それらが、風の力で滑るように、テーブルの上をクルクルと回り始めたのです。
「おおっ! 料理が……走っている!」
入ってきたルードヴィヒ国王が目を丸くしました。
いつもの晩餐会では、給仕がうやうやしく料理を運んでくれて、それを黙って食べるのが常でした。
でも、今日は違います。
「ルールは簡単だよ! 目の前を通り過ぎる『運命の一皿』を、自分の手で捕まえるの!」
シャルロッテが、流れてきたイチゴのタルトを、ヒョイッと掴み取りました。
その仕草は、まるで小川で魚を捕る子熊のように鮮やかでした。モフモフも真似をして、前足で器用にミートボールの皿を引き寄せました。
「なるほど……。これは、動体視力と決断力が試されるわけか」
アルベルト王子が、眼鏡をクイッと上げました。彼の目は、流れてくる料理の配置と速度を計算し始めています。
「よし、負けんぞ! あの肉厚なローストビーフは俺のものだ!」
フリードリヒ王子が、狩人の目つきで待ち構えます。
食事会は、静かな儀式から、賑やかなハンティングの場へと変わりました。
料理長ガストンも、厨房の奥でニヤリとしていました。
彼はこの日のために、皿の上の盛り付けを「360度どこから見ても可愛い」ように工夫し、さらに「レアな特別メニュー」を時折混ぜるという遊び心を発揮していたのです。
「あっ、今の『金箔の乗ったプリン』、取り損ねた!」
イザベラ王女が、優雅さを保ちつつも悔しそうに声を上げました。
「大丈夫だよ、お姉様。また回ってくるから、次は逃がさないでね!」
流れていってしまった料理を見送る切なさ。
そして、遠くからお目当ての皿が近づいてくる時のワクワク感。
ただ座っているだけで、次々と新しい「美味しい景色」がやってくるこのシステムは、王族たちの心を鷲掴みにしました。
「ふむ。普段は選ばないような野菜のマリネも、こうして回ってくると、つい手を伸ばしたくなるな」
国王が、珍しく野菜料理を手に取り、満足げに頬張っています。
シャルロッテは、回転するレーンの内側に、小さなお花やキャンドルを飾りました。
料理のお皿の間を縫うように、光と花の香りが漂い、それはまさに「食卓のパレード」でした。
誰かが「あ、それ美味しそう!」と言えば、「こっちにもあるよ!」と皿を渡す。
自然と会話が生まれ、笑い声が弾けました。
コース料理の順番待ちも、堅苦しいマナーも、ここにはありません。あるのは、流れる料理への好奇心と、それを分かち合う楽しさだけ。
宴もたけなわ、最後に流れてきたのは、それぞれ違うトッピングがされた、一口サイズのミニパフェの大行進でした。
「わあ! キラキラしてる!」
みんなで一斉に手を伸ばし、それぞれの「推しパフェ」をゲットしました。
「ふぅ……。こんなに楽しくて、お腹いっぱいになったのは初めてだ」
フリードリヒが、積み重なった空き皿の塔を満足げに見上げました。
シャルロッテは、最後に残って回り続けていた一皿――誰も取らなかった、ちょっと形が崩れたクッキー――をそっと手に取りました。
「最後まで回ってくれて、ありがとう。君も、冒険お疲れ様!」
彼女がそれを口に放り込むと、甘いバターの香りと共に、楽しい時間の余韻が広がりました。
回転寿司のシステムは、効率のためではなく、「一期一会の料理との出会い」を楽しむための、最高のアトラクションとして王城に定着したのでした。




