第五十八話「星占いの秘密と、幸運の『確率』の磨き方」
その日の午後、第一王女イザベラは、自室で不安そうに星占い師のカードを広げていた。外交の重要な選択を控えているが、占いの結果が思わしくなかったのだ。
「ああ、シャル。見て。この『運命の輪』のカードが、逆位置になっているわ。このままでは、今回の交渉は成功しないかもしれない……」
イザベラは、社交界の華として、運命や流れといった目に見えない力を大切にする。しかし、悪い結果を前に、自信を失っていた。
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シャルロッテは、その星占いのカードを、いつもと違う視点で見つめた。彼女の脳裏には、前世で学んだ統計学、確率論、そしてバイアスといった論理的な知識が蘇っていた。
「ねえ、お姉様。このカードはね、悪い運命を言ってるんじゃないよ」
イザベラは、妹の言葉に驚いて顔を上げた。
「本当、シャル? では、何を?」
シャルロッテは、カードの持つ絵柄の比率と、出たカードの配列を指さしながら、可愛らしい口調で解説した。
「このカードはね、『今は、失敗する可能性が、ちょっとだけ高いですよ』って教えてくれてるだけだよ。だって、この『星の数』と『雲の数』の比率を見るとね、成功のチャンスは、隠れているけど、ゼロじゃないもの!」
シャルロッテは、統計学の分散の概念を、魔法に置き換えて説明した。分散とはデータが平均値からどれだけ散らばっているかを示す指標だ。
「運命の輪って、ね、誰かが勝手に回してるんじゃないの。みんなの『頑張る気持ち』が、ちょっとずつ押して、動いているんだよ。だから、悪いカードが出たら、『成功の確率を上げるための、可愛い努力』をすればいいの!」
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イザベラは、妹の純粋な論理と、その言葉の説得力に、心を打たれた。
「成功の確率を上げるための、可愛い努力……?」
「うん!」と、シャルロッテは、目を輝かせた。
「ね、お姉様! 交渉の相手の王子様は、きれいなものが好きでしょう? じゃあ、交渉に行く前に、世界一可愛いアクセサリーを作っていくの! そして、光属性魔法で、お姉様が一番輝く瞬間を、ほんの少しだけ長くするの!」
シャルロッテは、確率論の事象のコントロールを、魔法とファッションに置き換えた。事象のコントロールとは、特定の事象が起こる確率を制御・操作する能力のことだ。
イザベラは、妹の言葉に従い、すぐにドレスに合う、最も精巧で、心を込めた宝石のブローチを身につけた。そして、交渉の際には、シャルロッテから教わった、自分の魅力が最大限に発揮される「黄金の一瞬」に、光属性魔法を込め、相手の注意を釘付けにした。
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結果、イザベラの交渉は、大成功を収めた。
帰城したイザベラは、シャルロッテを抱きしめ、心から感謝を伝えた。
「シャル、あなたの言う通りだったわ。運命の輪は、誰かが回すのではなく、私の意志が動かしたのね!」
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「えへへ! だって、可愛い努力は、どんな悪い運命の確率だって、ひっくり返しちゃうんだよ!」
シャルロッテの純粋な愛情と、前世の論理的な知識は、神秘的な占いの世界に、「運命は自分で作るもの」という、可愛くも力強い真理をもたらしたのだった。