第五百八十話「天空を支える巨人と、姫殿下の『高い高いのポーズ』」
その日の午後、王城の庭園の一角には、見上げるほど巨大なブロンズ像が設置されていました。
隣国の彫刻家から寄贈されたその像は、隆起した筋肉を持つ巨人が、歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべながら、巨大な石の球体を背負っている姿をしていました。
それは、「忍耐」と「服従」を象徴する芸術品でした。
見る者は皆、その巨人の肩にかかる想像を絶する重みと、永遠に続く苦役に、厳粛な気持ちになり、ため息をついていました。
「……重そうだ。見ているだけで肩が凝ってくるな」
フリードリヒ王子が、自分の肩を回しながら言いました。
「これは、世界を支える責任の重さを表しているのですね。王族たるもの、この巨人のように耐えねばなりません」
アルベルト王子も、神妙な面持ちで見上げています。
しかし、シャルロッテは、モフモフを抱いてその巨像の足元に立ち、首をかしげていました。
彼女には、大人たちが言うような「罰」や「苦しみ」の意味が、ピンときませんでした。
「ねえ、モフモフ。このおじさん、そんなに辛いのかなあ?」
シャルロッテは、巨人のポーズをまじまじと観察しました。
両手を高く上げ、重い球体を支えている。顔はしかめっ面だけど、それは力を入れているからだ。
シャルロッテの脳裏に、ある光景が浮かびました。
それは、ルードヴィヒ国王が、機嫌の良い時にシャルロッテを抱き上げて、「高い高い」をしてくれる時のことでした。
パパも、シャルロッテを持ち上げる時は、ちょっとだけ「うぐっ」と力を入れて、変な顔をします。でも、それは苦しいからじゃなくて、大切に持ち上げようとしているからです。
「わかった! これ、罰ゲームじゃないよ!」
シャルロッテは、兄たちに向かって明るく叫びました。
「この巨人さんはね、背負ってるんじゃないの! この丸いボールが大好きだから、お空の太陽さんに『見て見て! 僕の宝物だよ!』って、自慢して見せているんだよ!」
「な、なんだって?」
兄たちは呆気にとられました。
シャルロッテは、自分の解釈を証明するために、ちょっとした魔法を使うことにしました。
彼女は、重力魔法と光属性魔法を、ふわりと融合させました。
彼女の魔法は、ブロンズの球体の「物理的な重さ」を消し去り、代わりに「風船のような浮遊感」を与えました。
さらに、球体の表面に、虹色の光沢を纏わせました。
すると、どうでしょう。
今まで「重みに耐えて、押し潰されそうになっていた」ように見えた巨人のポーズが、一変しました。
球体が軽く、輝いて見えるようになったことで、巨人が「重いものを無理やり持たされている」のではなく、「軽くて綺麗なボールを、嬉々として空に掲げている」ように見え始めたのです。
苦悶に見えた表情も、光の加減で、「渾身のドヤ顔」に見えてきました。
「ほら! 『高い高い』してるでしょう? すごく楽しそうだよ!」
シャルロッテは、自分もモフモフを脇の下から抱えて持ち上げ、「高い高いー!」とやってみせました。
モフモフは、空中で手足をぶらんとさせて、無表情ながらも満更でもない顔をしています。
それを見たフリードリヒ王子が、吹き出しました。
「ぶっ……! 確かに! そう言われると、もう『自慢げな父親』にしか見えん! あのしかめっ面も、娘を自慢する時の父上にそっくりだ!」
アルベルト王子も、眼鏡を外して笑いました。
「忍耐の象徴が、一瞬で『親バカの象徴』になってしまったか。……だが、そのほうがずっと、庭園には相応しいな」
重苦しかった巨像の周りの空気は、一気に明るく、温かいものになりました。
ただの重い石の塊だった球体は、今や「愛の結晶」として、空に向かって捧げられているように見えます。
その日の午後、通りかかったルードヴィヒ国王は、その像を見て上機嫌になりました。
「おお、これは余の肖像か? シャルを持ち上げている時の余の心境を、見事に表現しておるな!」
シャルロッテの「可愛い解釈」は、神話の悲劇的な呪いを解き、永遠の苦役を「永遠の遊び」へと変えてしまったのです。
巨人は、今も庭園の片隅で、大好きなボールを空に掲げ続けています。
それは、世界を支える苦しみではなく、愛するものを高く掲げる喜びのポーズとして、見る人を笑顔にしているのでした。




