第五百七十九話「首なし騎士の徘徊と、姫殿下の『真夜中の福笑い』」
その夜、王城の北門を守る衛兵たちの間で、ある噂が駆け巡っていました。
深夜、誰もいないはずの石畳の通路を、カツン、カツンと金属音をさせて歩く、首のない甲冑姿の男が現れるというのです。
「あれは『デュラハン』だ。死を告げる騎士だ……」
「見た者の命を奪うらしいぞ」
兵士たちは震え上がり、夜の見回りを怖がるようになっていました。
◆
しかし、シャルロッテは、その噂を聞いて、ベッドの中で目を輝かせていました。
モフモフはすでに枕元で丸くなっていましたが、彼女はそっと起き出し、上着を羽織りました。
「ねえ、モフモフ。首がない騎士様なんて、きっとすごく困ってるはずだよ。だって前が見えないもんね」
シャルロッテは、懐中電灯代わりの光る魔石と、画用紙とクレヨンを持って、こっそりと部屋を抜け出しました。
北の回廊は、冷たい夜風が吹き抜けていました。
しばらく待っていると、噂通りの音が聞こえてきました。
ジャラッ……カツン……。
闇の中から現れたのは、立派な黒い甲冑をまとった、しかし首から上がぽっかりと空いている、大柄な騎士でした。
彼は、手探りで壁に触れながら、どこか寂しげに彷徨っているようでした。
シャルロッテは、物陰から飛び出しました。
「こんばんは、騎士様! 何かお探し物ですか?」
デュラハンは、ビクリとして立ち止まりました。声の主を探すように体を向けますが、目がないのでシャルロッテの正確な位置がわからないようです。
シャルロッテは、騎士の足元に駆け寄りました。
「ここだよ。私はシャルロッテ」
騎士は、困ったように肩をすくめる仕草をしました。どうやら、本当に自分の頭を落としてしまって、見つからないようです。
「大変だね。でも大丈夫! 私が新しい『お顔』を見繕ってあげる!」
シャルロッテは、近くの倉庫から、収穫祭の残りのカボチャを一つ持ってきました。
そして、クレヨンで、ニッコリ笑った目と口を書き込みました。
「はい、これ! 『笑顔のカボチャ頭』だよ!」
シャルロッテは、浮遊魔法を使って、カボチャを騎士の首の上に乗せてあげました。
すると、どうでしょう。
それまで不気味だった黒騎士が、一瞬にして、愛嬌たっぷりのハロウィンのマスコットのようになりました。
騎士は、自分の新しい頭を、手でそっと触って確認しました。まんざらでもなさそうです。
「でも、ちょっと重いかな? じゃあ、次はこれ!」
シャルロッテは、風船を膨らませました。そして、今度は凛々しい眉毛と、口ひげを描きました。
「『ダンディな風船紳士』だよ!」
風船の頭を乗せると、騎士は急に軽やかになり、ステップを踏むような仕草を見せました。
シャルロッテは、次々と「替えの頭」を提案しました。
花瓶を乗せて「お花の妖精騎士」、積み木を乗せて「カクカクの四角頭」。
それは、恐怖の妖怪退治ではなく、真夜中の楽しいファッションショー、あるいは「福笑い」でした。
騎士は、シャルロッテが提案するたびに、ポーズを変えたり、お辞儀をしたりして、その新しい「アイデンティティ」を楽しんでいるようでした。
首がないということは、どんな顔にでもなれるという自由でもあったのです。
やがて、東の空が白み始めました。
騎士は、最後にシャルロッテが描いた「画用紙に描かれた、優しそうな王子の顔」のお面を選んで、首元に挟みました。
そして、シャルロッテに向かって、最も深くて丁寧な、騎士の礼をしました。
彼は、もう前が見えない亡霊ではありませんでした。新しい顔と、少しの自信を手に入れた、夜の旅人でした。
騎士は、朝霧の中に溶けるように消えていきました。
翌朝、衛兵たちは首を傾げました。
回廊のあちこちに、顔の描かれたカボチャや、萎んだ風船が落ちていたからです。
「……ゆうべの幽霊、宴会でもしたのかな?」
シャルロッテは、朝食のテーブルで、モフモフに囁きました。
「すごくおしゃれな騎士様だったね。今度は、もっとかっこいい兜を用意しておいてあげようかな。だってそれが一番可愛いもんね!」
王城の怪談は、いつの間にか、「夜中にファッショナブルな騎士が現れる」という、不思議で愉快な噂へと変わっていったのでした。




