第五百七十六話「森の天蓋と、姫殿下の『星空リビング計画』」
秋の空気が澄み渡る午後、王家の一行は、王都から少し離れた「静寂の森」へと出向いていました。
名目は、騎士団の野営訓練の視察。
ですが、実質は王族のピクニックです。
第二王子フリードリヒは、張り切って「男のキャンプ」の準備をしていました。
彼は、手際よく薪を組み、地面に簡素なテントを張り、硬い岩の上に座ってナイフで枝を削っています。
「いいか、シャル。野営というのは、自然との戦いだ。固い地面で眠り、寒さに耐え、焚き火で焼いた肉を食らう。これこそが、野生を呼び覚ます儀式なのだ!」
フリードリヒの主張するキャンプは、あくまで「サバイバル」でした。不便こそが醍醐味、というわけです。
第一王子アルベルトも、携帯用の魔導コンロや結界装置を並べ、機能的かつ効率的な拠点を構築していました。
「快適性よりも、安全性と効率を最優先する。それが野営の鉄則だ」
しかし、シャルロッテは、二人の兄の「戦うキャンプ」を見て、不満そうに頬を膨らませました。
彼女の抱いているモフモフも、フリードリヒが用意したゴツゴツした寝床(ただの草の山)を見て、「ミィ……(ここで寝るの?)」と露骨に嫌な顔をしています。
「うーん……。兄様たちのキャンプは、かっこいいけど、全然くつろげないよ」
シャルロッテは、自分のリュックサック(魔法で容量が拡張されている)を開けました。
中から出てきたのは、サバイバル道具ではありません。
大量のフカフカのクッション、レースのカーテン、絨毯、そしてティーセットでした。
「森に来たんだからね、森を『世界一広いリビングルーム』にしちゃえばいいんだよ!」
シャルロッテは、二人の兄の陣地の真ん中にある、大きな楓の木の下に陣取りました。
そして、土属性と木属性の魔法を、優しく発動させました。
「木の根っこさん、ちょっとだけ、背中を貸してね」
ズズズ……。
地面から太い木の根が隆起し、それが絶妙なカーブを描いて、天然の「ソファ」や「テーブル」の形になりました。硬い木肌の上には、シャルロッテが持参したクッションが敷き詰められます。
さらに、風属性魔法を使って、楓の枝に薄いレースの布をふわりと掛けました。
木漏れ日がレースを通して柔らかく降り注ぎ、森の中に幻想的な「天蓋付きの部屋」が出現しました。
「完成! 『星空リビング』だよ!」
そこは、野性味溢れる森の中に突如現れた、貴族のサロンのような空間でした。
地面には絨毯が敷かれ、靴を脱いで上がれるようになっています。
「な、なんだこれは……! 野営の概念が崩壊する!」
フリードリヒが驚愕しました。
「……空間利用としては贅沢すぎるが、精神的休息効果は計り知れないな」
アルベルトも、眼鏡を直しながら感心しています。
日が暮れて、気温が下がってきました。
フリードリヒの焚き火の前では、背中が寒く、顔だけが熱いという状況です。
しかし、シャルロッテの「リビング」は違いました。
彼女は、集めた石に火属性魔法を込めて「魔法の床暖房」を作り出していたのです。
「兄様たち、こっちにおいでよ。美味しいチーズフォンデュがあるよ!」
シャルロッテは、魔法で温めた鍋に、トロトロに溶けたチーズを用意していました。
フリードリヒとアルベルトは、顔を見合わせ、そして吸い込まれるようにシャルロッテの「部屋」へと入っていきました。
靴を脱ぎ、クッションに身を沈めると、そこは天国でした。
「……負けた。固い地面で寝るのが騎士の誉れだと思っていたが、このクッションの魔力には抗えん」
フリードリヒが、骨抜きになった顔で呟きます。
「星を見上げながら、温かいチーズとパンを食べる。これは、城の晩餐会よりもある意味で贅沢かもしれないな」
アルベルトも、リラックスして足を伸ばしました。
モフモフは、一番特等席であるシャルロッテの膝の上で、溶けたチーズの匂いを嗅ぎながら、幸せそうに丸まっています。
頭上には、木の葉の隙間から満天の星空が見えました。
虫の声がBGMとなり、焚き火のパチパチという音が心地よいリズムを刻みます。
シャルロッテは、熱々のチーズを絡めたパンを兄の口に運びながら、言いました。
「ね? 自然と戦わなくても、仲良くすれば、森はこんなに優しくしてくれるんだよ。こっちの方が絶対可愛いよね★」
その夜、王国の最強の騎士と最高の頭脳は、妹が作った「森のリビング」で、泥のように深く、幸せな眠りにつきました。
それは、サバイバルという名の緊張感を、圧倒的な「居心地の良さ」で包み込んだ、姫殿下流の新しいキャンプの形でした。




