第五百七十五話「ルバーブの葉陰と、姫殿下の『小さな奥様のお洗濯』」
その日の朝、王城の裏手にある家庭菜園は、朝露に濡れてキラキラと輝いていました。
そこは、表のバラ園のような華やかさはありませんが、キャベツの緑や、ラディッシュの赤、そして大きく育ったルバーブの葉が茂る、とても賑やかで美味しそうな場所でした。
シャルロッテは、汚れてもいい木綿のエプロンドレスを着て、モフモフと一緒に苺の収穫に来ていました。
摘み取ったばかりの苺は、太陽の匂いがして、とても甘そうです。
「あれ? 変だね、モフモフ。一番大きな苺が、なくなってるよ」
シャルロッテが葉っぱをめくると、そこには熟した実の代わりに、小さな足跡が点々と続いていました。
泥棒です。それもとても小さな泥棒のようです。
シャルロッテは、足跡をたどって、ルバーブの大きな葉が生い茂る暗がりへと進みました。
すると、葉っぱの陰から、チチチ、チチチ、という忙しない声と、パシャパシャという水の音が聞こえてきました。
そっと覗き込むと、そこには信じられない光景がありました。
一匹の、丸々としたハリネズミの奥さんが、小さな湧き水溜まりで、洗濯をしていたのです。
彼女は、小指の先ほどの小さなエプロンを身につけ、さらに小さな手ぬぐいを、一生懸命に洗っていました。
その横には、盗まれた……いいえ、「収穫された」大きな苺が、綺麗にヘタを取られて置かれていました。どうやら、おやつにするつもりのようです。
「まあ。こんにちは、奥さん」
シャルロッテが声をかけると、ハリネズミの奥さんは、ビクリとして針を逆立てかけましたが、相手が小さな姫君だとわかると、黒いツブラな瞳をパチクリさせました。
『あらまあ、見つかってしまいましたか。失礼、わたくし、ティギーと申しますの』
シャルロッテには、彼女の鳴き声が、上品なおばさまの言葉のように聞こえました。
『今日はいいお天気でしょう? 森のみんなのハンカチを洗うには絶好の日和ですのよ。この苺は、そのお駄賃にいただいたのですわ』
よく見ると、彼女の周りにある小枝の物干し竿には、小鳥の羽毛のベストや、リスの尻尾カバーといった、見たこともない小さな洗濯物が干されていました。
モフモフが、興味津々で鼻を近づけました。フンフン。
すると、ティギー奥さんは、持っていた洗濯板で、モフモフの鼻先をペチッと軽く叩きました。
『まあ、お行儀の悪いクマさんだこと! わたくしの洗濯物を鼻息で飛ばさないでおくれ』
モフモフはびっくりして、「くしゅん!」とくしゃみをしました。
シャルロッテは、クスクスと笑いました。
「ごめんなさい、ティギーさん。私のモフモフは、ちょっとだけ知りたがり屋さんなの」
シャルロッテは、自分が摘んだ籠いっぱいの苺の中から、特に形の良いものを二つ、ティギーさんの洗濯場の横に並べました。
「これ、よかったらどうぞ。お洗濯、頑張ってね」
ティギーさんは、針を撫でつけて、嬉しそうに鼻をヒクヒクさせました。
『まあ、なんて気前の良いお嬢さんでしょう。では、お礼にこれを差し上げますわ』
彼女は、洗濯物の山から、真っ白で、とても良い匂いのするレースのハンカチを一枚、シャルロッテに手渡しました。
それは、蜘蛛の糸よりも細く、朝霧で織られたかのように繊細なものでした。
『これは、妖精の奥様からの預かり物ですが、少し縮んでしまったのでね。あなた様の指人形のマントにぴったりでしょう』
シャルロッテは、その小さなハンカチを受け取りました。それは、ラベンダーと、森の土の香りがしました。
「ありがとう! 大切にするね」
シャルロッテとモフモフが立ち去ろうとすると、ティギー奥さんはもう、忙しそうに次の洗濯物(おそらく、カエルの靴下)をゴシゴシと洗い始めていました。
城に戻ったシャルロッテは、その小さなハンカチを、自分のドールハウスのベッドカバーにしました。
夕食の時、フリードリヒ王子が、「今日のサラダのレタスは、随分と綺麗に洗われているな」と感心していました。
シャルロッテは、サラダの中に、小さな小さな「洗い忘れの泡」がついているのを見つけて、ニコリとしました。
「きっとね、働き者の奥さんが、手伝ってくれたんだよ」
王城の菜園の下には、人間たちの知らない、小さくて勤勉な生活が息づいている。
そう思うと、いつものサラダが、なんだか絵本の中のご馳走のように思えてくるのでした。




