第五百七十三話「巨大な木馬の贈り物と、姫殿下の『かくれんぼの達人たち』」
その日の朝、王城の正門前は、異様なザワつきに包まれていました。
霧が晴れると同時に、そこには見たこともないほど巨大な、木造の馬が鎮座していたのです。
高さは城壁に届くほどあり、車輪がついています。胴体には、隣国の紋章と「友好の証」という札が掲げられていました。
緊急招集された騎士団長のフリードリヒ王子は、剣の柄に手をかけ、険しい表情で木馬を見上げました。
「……怪しい。あまりにも怪しすぎる。これは古の戦術『トロイの木馬』そのものではないか。友好を装い、中に兵士を潜ませ、夜陰に乗じて城門を内側から開ける気だ!」
アルベルト王子も、サーモグラフィーのような魔導具を片手に分析を進めていました。
「内部から微量な熱源反応と、二酸化炭素の排出が確認できる。……間違いない。中には『生命体』が複数、潜伏している」
城内は厳戒態勢に入りました。
木馬を燃やすべきか、遠距離から魔法で攻撃すべきか。大人たちが殺伐とした議論を交わしている、その時です。
「わあ! 大きいお馬さん!」
シャルロッテが、モフモフを抱いてトテトテと走ってきました。
彼女は、包囲する騎士たちの足元をすり抜け、木馬の真下まで行ってしまいました。
「だめだ、シャル! 離れろ! 中には敵が……!」
フリードリヒが叫びますが、シャルロッテは木馬の足をペチペチと叩いて、上を見上げました。
「ねえ、フリードリヒ兄様。このお馬さん、お腹の中に『秘密のお部屋』があるんでしょう? 私、知ってるよ!」
シャルロッテは、木馬の中にいる「誰か」に向かって、大声で話しかけました。
「ねえ、中の人ー! 暑くないですかー? お腹空いてませんかー?」
木馬の中は、沈黙していました。
しかし、潜伏している特殊部隊の兵士たちは、冷や汗をかいていました。
(ば、バレている……!? しかし、子供の声だ。何もわかっていないに違いない。それにまだ作戦開始時刻ではない。息を殺せ……!)
シャルロッテは、反応がないのを「恥ずかしがっている」と解釈しました。
「しょうがないなあ。じゃあ、私が『おもてなし』してあげる!」
シャルロッテは、風属性と氷属性の魔法を融合させました。
彼女は、木馬の隙間という隙間から、冷たくて爽やかな「冷房の風」を送り込んだのです。
ヒュオオオ……。
蒸し風呂状態だった木馬の内部が、一瞬で高原のような快適な室温になりました。
さらに、シャルロッテは、土属性魔法で地面を隆起させ、即席の階段を作ると、木馬の腹部にある隠し扉(大人たちは必死に探していたのに、シャルは直感ですぐに見つけました)を、コンコンとノックしました。
「はーい、ルームサービスだよ! サンドイッチと、冷たいレモネードを持ってきたよ!」
彼女が扉を強引に開けると、中には、黒ずくめの兵士たちが、膝を抱えてぎゅうぎゅう詰めになっていました。
彼らは、突然の涼しさと、目の前に差し出された美味しそうなランチバスケットに、完全に虚を突かれていました。
「あ、あの……我々は……」
隊長らしき男が、呆然と呟きました。
シャルロッテは、ニッコリ笑って言いました。
「知ってるよ! あなたたちは、世界一の『かくれんぼ名人』なんでしょう? こんな狭いところに隠れられるなんて、すごい才能だよ!」
兵士たちは顔を見合わせました。
彼らは、極秘任務を帯びた精鋭でした。しかし、この無邪気な姫君の「肯定」と、差し出されたレモネードの誘惑、そして何より、長時間の潜伏による疲労と脱水症状には勝てませんでした。
「……いただきます」
兵士たちは、武器を置き、サンドイッチを頬張りました。
緊張の糸が切れ、彼らはただの「ピクニックに来たおじさんたち」になってしまいました。
下から見ていたフリードリヒとアルベルトは、木馬の中から、武装解除した兵士たちがゾロゾロと出てきて、シャルロッテと一緒に芝生でお茶を飲み始めた光景を見て、腰を抜かしました。
「……制圧完了、なのか?」
「いや、これは『懐柔』だ。なんてことだ……こんなことがあり得るのか……恐ろしい手腕だ……」
兵士の隊長は、シャルロッテに頭を下げました。
「姫様。我々の負けです。こんなに美味しいレモネードをご馳走になっては、もう戦えません」
結局、木馬は「超大型ジャングルジム」として庭園に設置されることになり、中の兵士たちは「隣国からの技術指導員(遊具の安全点検係)」という名目で、平和的に帰国させられました。
シャルロッテは、空っぽになった木馬の中で、モフモフと一緒にお昼寝をしながら呟きました。
「やっぱり、秘密基地には、おやつがなくちゃね! だってそれが一番可愛いもん!」
歴史に残るはずだった奇襲作戦は、姫殿下の「差し入れ」ひとつで、平和なランチタイムへと書き換えられたのでした。




