第五十七話「異国のオートマタと、天才王女の歯車工学」
その日、王城の謁見の間には、隣国カレリア公国から外交の記念として贈られた、一体の自動機械人形が展示されていた。
それは、真鍮と象牙で精巧に作られた、等身大のバレリーナの人形だ。優雅な動きで舞踏を披露するが、複雑な歯車機構が露わになっており、冷たい金属の光沢が、どこか近寄りがたい雰囲気を持っていた。
マリアンネ王女は、その機構を魔法的に解析しようと試みていたが、難解な機械工学に頭を悩ませていた。
「この歯車の連動、魔法では説明できないわ。まるで、緻密な計算と、命が宿っているようだわ……」
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シャルロッテは、モフモフを抱いて、オートマタの前に立った。彼女は、マリアンネとは違う視点で、そのバレリーナを見つめていた。
「わあ……この子、一生懸命踊ってるね」
シャルロッテの脳裏には、前世で大学の工学部で学んだ機械工学、精密機器の構造、そしてテコと力の伝達の知識が一気に蘇った。彼女の目には、バレリーナの動きの美しさだけでなく、その動きを支える、内部の複雑な歯車の噛み合いが、クリアに見えていた。
「お姉様、この子の問題は、腰のギア比にあるよ」
「ぎあひ?」
シャルロッテは、専門用語を、幼い口調で解説した。
「うん! この子の動きが時々カクカクするのは、腰の可動域と、足の動力が、適切な増速比になってないからだよ。このまま踊り続けると、一番細いゼンマイが壊れちゃう!」
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シャルロッテは、オートマタの製作者に宛てた手紙を書き始めた。彼女は、前世の知識を活かし、バレリーナの動作をより優雅にするための、新しい歯車の設計図を描いた。設計図には、既存の歯車をわずかに削り、新たに「三倍増速の遊星歯車機構」を組み込むという、この世界にはまだ存在しない高度な工学のアイデアが描かれていた。
「ね、マリアンネお姉様。この設計図を、カレリア公国に送ってあげて。この子が、もっともっと優雅で可愛く踊れるように、って」
マリアンネは、その設計図の完璧な論理と、工学的な美しさに、ただただ驚愕した。
「シャル……あなたは、これを、どこで……? これは、王立学院でも最高峰の工学者が、何十年もかけて到達するレベルの理論よ!」
「えへへ、あたしはただ可愛い歯車さんの気持ちが、聞きたかっただけだよ!」
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数ヶ月後、カレリア公国から、王城に返信が届いた。
「エルデンベルク王国の三女殿下から頂いた設計図は、我々の技術の常識を遥かに超えるものでした。その理論に基づき機構を改良した結果、バレリーナのオートマタは、まるで命が宿ったかのような、信じられないほど優雅な舞踏を披露するようになりました。これは、奇跡です」
オートマタの製作者は、シャルロッテを「機械の女神」と呼び、感謝の意を伝えてきた。
改修されたバレリーナのオートマタは、謁見の間で再び舞踏を披露した。その動きは、以前の冷たい金属の動きとは違い、まるで生きているかのように滑らかで、情熱的だった。
シャルロッテは、その舞踏を見て、目を輝かせた。
「わあ! この子、世界一可愛く踊ってる! 歯車さん、頑張ったね!」
彼女は、バレリーナのバレリーナの優雅な舞踏に、そっと虹色の祝福の魔法をかけた。前世の専門知識と、現在の純粋な愛情が融合したことで、冷たい機械人形に、温かい「可愛らしさ」という、もう一つの命が吹き込まれたのだった。