第五百七十二話「極彩色の繭と、姫殿下の『終わらない抱っこ』」
王城の北側、使用人たちもあまり近づかない古びた倉庫の奥で、奇妙な現象が起きていました。
そこは、壊れた椅子や、脚の折れたテーブル、役目を終えた農具などが集められる場所でした。しかし、最近になって、それらのガラクタが、次々と「姿を消して」いたのです。
正確には、消えたのではなく、「埋もれて」いました。
犯人は、引退した元お針子の老婆、マーサでした。
彼女は、一日中その倉庫に座り込み、余った毛糸、裂いた布、リボンの端切れを使って、手当たり次第にガラクタを巻き続けていたのです。
グルグル、グルグル。
彼女の手は休むことを知りません。
壊れた椅子は、赤や黄色、青の毛糸で何層にも巻かれ、もはや椅子の形をしていない、巨大でカラフルな「塊」になっていました。
掃除に来た若いメイドが、その異様な光景に眉をひそめました。
「まあ、マーサおばあちゃんったら。ゴミをそんなにぐるぐる巻きにして、どうするの? これじゃあ、何がなんだかわからないじゃない」
それは、常識的に見れば、ただの「無意味な梱包」に見えました。あるいは、壊れたものを見たくないという、執着のようにも見えました。
◆
そこへ、シャルロッテがモフモフを抱いて、迷い込んできました。
彼女は、薄暗い倉庫の中で、極彩色に輝くそれらの「塊」を見て、目を丸くしました。
「わあ……! ここ、お花畑みたい!」
シャルロッテは、ぐるぐる巻きの毛糸で太った椅子の塊に抱きつきました。
硬い木の手触りは消え、柔らかく、温かい毛糸の感触だけがあります。中身が何であるかは、もう関係ありませんでした。
「ねえ、マーサおばあちゃん。この子たち、寒がりだったの?」
マーサは、耳が遠くなっていましたが、姫殿下の優しい笑顔を見て、手を止めずに小さく頷きました。
彼女は言葉を話す代わりに、錆びついたシャベルを一本取り上げ、また新しい毛糸で巻き始めました。
シャルロッテは、その行為の意味を、直感で理解しました。
「そっか。これはね、『隠している』んじゃないだね。ずっとずーっと、『抱っこ』してあげているんだね」
壊れて、痛々しい姿になったものを、柔らかな糸で包み込み、外界の冷たさや衝撃から守ってあげる。
幾重にも重なる糸は、マーサの「大丈夫だよ、痛くないよ」という、無言の慰めの言葉だったのです。
◆
シャルロッテは、自分も手伝うことにしました。
彼女は、光属性と風属性の魔法を、指先に集めました。
そして、マーサが巻いている毛糸の一本一本に、微かな「脈動」を与えました。
「命の魔法をかけてあげるね。トクトクって、心臓の音がするように」
すると、ただの毛糸の塊だったオブジェたちが、まるで冬眠中の動物の繭のように、微かに、規則正しく温かい光を放ちながら、呼吸を始めました。
倉庫の中は、色とりどりの「生きた繭」で満たされ、不思議な生命力に溢れました。
後からやってきたマリアンネ王女は、そのカオスで、しかし圧倒的な熱量を持つ空間に息を飲みました。
「……これは分類不可能だわ。彫刻? それとも保存処置? 中にあるのがただのガラクタだなんて、誰も信じないでしょうね」
シャルロッテは、巨大な毛糸の塊(元は壊れた時計だったもの)に頬ずりをしました。
「お姉様。これはね、『愛の缶詰』だよ。開けなくていいの。中に、大事なものが守られているってことだけが、大切なんだもん」
マーサは、自分の仕事が否定されず、むしろ温かい魔法を与えられたことに、シワだらけの顔をほころばせました。
彼女の手は、以前よりも楽しげに、リズムよく動き始めました。
シャルロッテとモフモフは、毛糸の繭の山に埋もれて、しばらくの間、その不思議な安心感を楽しんでいました。
外見はどうあれ、そこには「何かを大切に包み込む」という、最も純粋な愛の形があったからです。
その倉庫は、王城の中で一番カラフルで、一番柔らかい場所になりました。
そこにあるのは、捨てられるはずだったものたちが、愛によって永遠に守られた、静かで幸せな寝床だったのです。




