第五百六十二話「溶ける封蝋と、乙女たちの『マーブル模様の招待状』」
雨音がお屋敷を包む静かな午後、シャルロッテの部屋のテーブルには小さなキャンドルの火が揺れていた。
今日は、イザベラ王女とマリアンネ王女、それにエリーゼを招いての「お手紙会」。とはいえ、誰かに手紙を出すわけでもなく、ただシーリングワックスで遊びたいだけなのだけれど。
テーブルの上には真鍮のスプーンと、宝石みたいな色とりどりのワックスビーズが入った小瓶がいくつも並んでいる。
「ねえ見て、このイチゴミルク色と夜空のラメを混ぜたらどうなるかな?」
シャルロッテがピンクと紺色のビーズを数粒スプーンに乗せて、キャンドルの炎にかざす。じわじわと溶けていくビーズ。二つの色がゆっくり渦を巻いて、でも完全には混ざりきらない。
「……魔法のスープみたい」
エリーゼがぽつりと呟く。この、溶けていく瞬間を眺めるのが一番好きだ。
「いくよ!」
封筒の閉じ口に溶けたワックスを垂らす。熱い液体が丸く広がって、そこへ金属のスタンプをぎゅっと押し付ける。
一呼吸。
スタンプを離すと、ピンクと紺色が入り混じった背景に薔薇の紋章が浮かび上がっていた。
「わ、可愛い……!」
歓声が上がる。次はイザベラ王女の番。
「私はシャンパンゴールドとパールホワイトで」
彼女の手つきは優雅で、溶けたワックスを垂らす仕草さえダンスのよう。王冠のスタンプを押すと、艶やかなクリーム色の封蝋が出来上がった。
「これなら舞踏会の招待状でも恥ずかしくないわね」
マリアンネ王女は透明なワックスを溶かしながら、ピンセットで小さな紫のスミレの花びらを慎重に配置していく。
「熱伝導率を考えれば、花を焦がさずに……」
「お姉様、そんな難しいこと考えなくても」
シャルロッテが笑う。でも出来上がった封蝋は、まるで水晶の中に花が咲いているようで、マリアンネも珍しく満足げに微笑んだ。
エリーゼは森の緑と土の茶色を混ぜて、ウサギのスタンプを押した。素朴で、絵本から出てきたような仕上がり。
「これ、シャルロッテ様に……」
「ありがとう! 私からはこれね」
次々と色んな組み合わせを試す。ラメを入れすぎてギラギラになったり、スタンプを押すタイミングを間違えて模様が滲んだり。でもそれはそれで面白くて、笑いながら続けた。
部屋には溶けた蝋の独特な香りと笑い声が満ちていく。モフモフがテーブルの端で、カラフルな封筒の山を鼻先で突いている。
「これ、誰に出すわけでもないのにね」
シャルロッテがぽつりと言う。
「それがいいんじゃない」
イザベラが微笑む。
外の雨音が心地よく響く午後。小さなスプーンの上で色が溶け合うのを見つめて、スタンプを押す。それだけ。
でも、そのアナログで手のかかる作業が、今の彼女たちにはどんな宝石よりも贅沢で心ときめく時間だった。




