第五百六十一話「飴色の手すりと、姫殿下の『百年分の握手』」
ある晴れた日の午後、シャルロッテは薔薇の塔から大広間へと続く螺旋階段を降りていた。
急ぐ用事もない。一段、また一段。
ふと、手すりの感触が気になった。
オークの木のはずなのに、驚くほど滑らかだ。角は丸く取れて、表面は飴色に光っている。触れると、ほんのり温かい。
「……つるつる」
足を止めて、撫でてみる。
ニスを塗ったばかりのピカピカした感じとは違う。もっと深い艶だ。
目を閉じると、想像が広がった。
この階段ができてから、何百年も経っている。その間、どれだけの人がここを通ったんだろう。慌てて駆け下りたメイドの手。甲冑を着た騎士の、ゴツゴツした手。夜会前に緊張して、ギュッと握りしめた誰かの手。
無数の手が、少しずつ、この木を磨いてきた。
目を開ける。飴色の木肌が、午後の光を受けて黄金色に見えた。
今、自分が触れているこの場所を、百年前の誰かも同じように触っていたかもしれない。
下から足音がして、執事のオスカーが上がってくる。背筋を伸ばして、手すりは使わない。いつも通りだ。
「姫殿下? 何かございましたか」
「ううん」首を横に振る。「ここ、触ってみて。すごく気持ちいい」
オスカーは一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、言われた通りに手を置いた。大きな手が、木の丸みにぴったり収まる。
「……確かに。私がこの城に来た頃より、もっと滑らかになった気がします」
オスカーの表情が、ふっと緩む。
しばらく、二人とも黙っていた。
窓から差し込む光が、手すりを透かしている。
モフモフが寄ってきて、手すりに頬を擦り付けた。
「ねえ、オスカー」シャルロッテは階段を降りながら言った。「私たちも、この艶を作ってるのかな」
「ええ、きっとそうでございますな」
また一歩、降りる。
手すりから手を離す時、心の中で小さく呟いた。
ありがとう、と。




