第五百五十九話「恋する雪だるまと、姫殿下の『冷たい暖炉』」
大雪が降った翌日の午後、王城の庭園には、立派な雪だるまが立っていました。
庭師のハンスとシャルロッテが協力して作ったその雪だるまは、炭の目とニンジンの鼻を持ち、シルクハットをかぶった紳士でした。
しかし、シャルロッテは、雪だるまの視線が、一点に釘付けになっていることに気づきました。
彼が見つめていたのは、ガラス窓の向こう、王城のサロンにある「赤々と燃える暖炉」でした。
「ねえ、モフモフ。雪だるまさん、あの暖炉に恋しちゃったみたい」
シャルロッテの共感魔法は、雪だるまの心から発せられる「熱いものへの憧れ」と「近づけない切なさ」を感知していました。
雪にとって、火は天敵です。近づけば、自らの存在が消えてしまいます。それは、叶うことのない、命がけの片思いでした。
通りかかったマリアンネ王女が、物理的な見解を述べました。
「熱力学的に不可能ですわ。彼が暖炉に近づけば、融解熱によって彼はただの水たまりになってしまう。この恋は、根本的な構造的欠陥を内包しているわ」
しかし、シャルロッテは首を横に振りました。
「ううん。近づけないなら、こっちに『溶けない暖炉』を作ればいいんだよ!」
シャルロッテは、雪だるまの目の前の雪原に、薪を組みました。
そして、火をつける代わりに、光属性と氷属性の魔法を、絶妙なバランスで融合させました。
「燃えろ、燃えろ、氷の炎!」
ボッ!
薪から立ち上ったのは、燃え盛る炎のような形をした、しかし透き通るような「青白い光の揺らめき」でした。
それは、視覚的には激しく燃焼しているように見えますが、実際には周囲の空気を冷やす「冷気のエフェクト」でした。パチパチという音まで、氷が割れる音で再現されています。
「わあ……! 冷たいのに、燃えているわ!?」
マリアンネ王女が驚きの声を上げました。
シャルロッテは、雪だるまに語りかけました。
「雪だるまさん。これなら熱くないよ。思う存分、暖炉ごっこをしていいよ」
雪だるまの炭の目が、光の炎を反射してキラキラと輝きました。
彼は、憧れの「火」のそばにいても、溶けることなく、その揺らめきと輝きを全身で浴びることができたのです。
さらに、シャルロッテは、家族を呼び集めました。
「みんな! 雪だるまさんと一緒に、冬のピクニックだよ!」
ルードヴィヒ国王や兄たちも、厚着をして庭に出てきました。
彼らは、雪だるまと「冷たい暖炉」を囲んで座り、温かいスープを飲みました。
人間たちは、温かいスープで体を温め、雪だるまは、冷たい炎で心を温める。
そこには、本来なら共存できない「雪」と「火(の幻影)」が、仲良く同居する不思議な空間が生まれていました。
夕暮れ時、本物の暖炉の火が消える頃、雪だるまの顔は、作った時よりも満足げに笑っているように見えました。
シャルロッテは、雪だるまの肩をポンポンと叩きました。
「よかったね。焦がれる気持ちは、溶けなくても、ちゃんと叶うんだよ。だってそれが一番可愛いもんね!」
その日の夜、庭園には、いつまでも消えない青白い炎が揺らめき、孤独だった雪だるまの夜を、優しく照らし続けていました。




