第五百五十六話「迷宮の回廊と、姫殿下の『星屑の道しるべ』」
その日の午後、王城の西棟にある、滅多に使われない客室エリアは、静まり返っていました。
そこへ、新人メイドのミナが、リネンの山を抱えて迷い込んでしまいました。彼女は方向音痴で、似たような廊下と扉が続くこのエリアで、完全に行き先を見失ってしまったのです。
「どうしよう……。あっちも廊下、こっちも廊下。厨房に戻る道がわからないわ。日が暮れてしまう……」
ミナが泣きそうになっていると、角の向こうから、ヒョコッと小さな影が現れました。
シャルロッテと、モフモフです。
「あら? ミナお姉ちゃん。ここでかくれんぼ?」
シャルロッテは、不安そうなミナの顔を覗き込みました。
普通なら、「案内してあげる」と手を引くところです。しかし、今日のシャルロッテは、少し違った提案をしました。
「迷子になったの? すごい! ここはね、『誰も知らない冒険の国』なんだよ!」
シャルロッテは、ポケットからガラスの小瓶を取り出しました。中には、カラフルな金平糖がいっぱい詰まっています。
「ねえ、ミナお姉ちゃん。『ヘンゼルとグレーテル』ごっこをしよう!」
「ヘンゼルさんと……グレーテルさん?」
ミナは聞きなれない名前に首をかしげました。
しかしシャルロッテはそんな彼女にかまうことなく、金平糖を一粒、廊下の床に置きました。
そして、光属性魔法をごく微量、そのお菓子に込めました。
すると、金平糖は、ぼんやりと温かい光を放ち始めました。まるで、床に落ちた小さな星のようです。
「パンくずだとね、鳥さんに食べられちゃうけど、光る金平糖なら大丈夫。これを並べて歩けばね、ここは『迷路』じゃなくて、『星のパレード』になるんだよ!」
ミナは、涙を引っ込めて、その光る粒を見つめました。
ただの廊下が、点々と続く光の道しるべによって、なんだかワクワクする場所に変わって見えました。
「さあ、行こう! 道がわからなくても、後ろに道を作れば、怖くないよ!」
シャルロッテが先頭に立ち、数歩進むごとに、ポロリ、ポロリと金平糖を置いていきます。
赤、青、黄色、緑。
薄暗い廊下に、色とりどりの光の点が連なっていきます。
モフモフも、落ちた金平糖の匂いを嗅ぎ、「よし、異常なし」といった顔で確認しながらついてきます(※時々、食べそうになってシャルロッテに止められていましたが)。
ミナも、リネンを抱え直して、その光の後をついて歩きました。
いつの間にか、不安は消えていました。
だって、足元には綺麗な星屑が続いていて、前には楽しそうな姫殿下の背中があるのですから。
しばらく歩き回り、廊下が光の点線でいっぱいの星座になった頃。
向こうから、カツ、カツ、という足音が聞こえてきました。
執事のオスカーです。彼は、シャルロッテと新人メイドの姿が見えないのを心配して、探しに来たのでした。
「おお、姫殿下! こんなところにいらしたのですか。探しましたぞ」
オスカーは、少し厳しい顔で言おうとしましたが、ふと足元を見て言葉を失いました。
長く続く廊下の遥か彼方まで、宝石のような光の粒が、点々と、しかし迷いなく続いていたからです。
「これは……。なんと幻想的な」
シャルロッテは、オスカーに駆け寄りました。
「あ、オスカー! 来てくれたんだね! あのね、この光を辿れば、私たちがどこを通って冒険したか、全部わかるよ!」
オスカーは、しゃがみ込んで、光る金平糖の一つを拾い上げました。
それは、ただの道しるべではありませんでした。「私たちはここにいるよ」「元気だよ」という、シャルロッテからの明るいメッセージそのものでした。
「……左様でございますか。これなら、どんなに迷っても、私が必ず見つけられますな」
オスカーは、厳格な表情を崩し、優しく微笑みました。
帰り道は、その光の道を逆に辿って帰りました。
ミナは、もう迷子ではありませんでした。
王城の複雑な回廊は、今や、光るお菓子で飾られた、素敵な散歩道になっていたのですから。
その日の夜、回収された金平糖は、ミナとオスカーとシャルロッテで仲良く分け合って食べました。
口の中で溶ける砂糖の甘さは、ちょっとした冒険と、安心の味がしました。




