第五百五十五話「白黒の盤上戦線と、姫殿下の『美味しい挟み撃ち』」
その日の午後、王城の庭園のガゼボ(西洋風あずまや)では、知的な火花が散っていた。
第一王子アルベルトと、第二王女マリアンネが、テーブルの上に広げられた格子状の盤面を挟んで、真剣な表情で対峙していたのだ。
彼らが遊んでいるのは、シャルロッテが前世の記憶を元に考案(というより、エマに焼いてもらった)した新しい遊戯、「クルクル・クッキー(=リバーシ)」だった。
「ふむ……。角を取るのが定石だが、あえて隙を見せることで相手を誘い込むか」
アルベルトは、黒いココアクッキーを手に、盤面の未来をその明晰な頭脳で数万通りシミュレーションしていた。
「甘いわ、兄様。その手は確率論的に、最終局面での偶数理論により私の勝利に収束するわ」
マリアンネは、白いバニラクッキーを構え、冷徹に計算していた。
このゲームのルールは簡単。相手の色を挟んでひっくり返すだけ。
ただし、このクッキーにはシャルロッテの「変化魔法」がかかっており、挟まれるとポンッ! と軽い音を立てて、自動的に色が反転する仕組みになっていた。
パチン、ポン。パチン、ポン。
クッキーがひっくり返るたびに、甘い香りが広がる。
しかし、二人の天才による対局は、あまりに高度で、息苦しいほどの接戦となっていた。
その横で、審判役のシャルロッテと、観客のフリードリヒ王子(※脳筋の彼はルールが難しくて早々にリタイアした)は、退屈そうに欠伸をしていた。
「ねえ、アルベルト兄様。まだ終わらないの?」
「待っていなさい、シャル。今、三十手先の攻防を読んでいる」
盤面は、黒と白が入り乱れ、殺伐とした様相を呈していた。
シャルロッテは、モフモフを膝に乗せ、盤面をじっと見つめた。彼女の目には、その盤面が「陣取り合戦」ではなく、「未完成のモザイク画」に見えていた。
「うーん……。その黒いところ、なんか可愛くない配置だね」
シャルロッテは、ついに痺れを切らした。
彼女は、「審判の特権(という名の乱入)」を行使することにした。
「はい、ストップ! ここからは『スペシャル・ボーナス・タイム』だよ!」
シャルロッテは、自分のポケットから、特別な「ピンク色のイチゴクッキー」を取り出した。
そして、盤面の、戦術的には全く意味のない、ど真ん中に置いた。
「えっ? シャル、そこは置けない場所では……」
「いいの! 魔法発動!」
シャルロッテがピンクのクッキーを置くと、盤面にかかっていた魔法のルールが書き換わった。
それまで「一直線に挟む」ことだけがルールだったクッキーたちが、ピンク色を中心にして、波紋のように連鎖反応を起こし始めたのだ。
ポン、ポン、ポン、ポポポン!
黒いクッキーが白になり、白いクッキーが黒になり、一部はピンク色に変わり……。
盤面の上で、クッキーたちが一斉に踊るようにひっくり返る。
そして、動きが止まった時。
盤上に現れたのは、黒一色でも白一色でもなかった。
黒と白とピンクのクッキーが絶妙に配置され、大きな「ニコニコマーク」のドット絵を描き出していたのだ。
「な、なんだこれは……!?」
アルベルトは目を丸くした。
「勝負は引き分け! だって、盤面が笑ってるんだもん!」
シャルロッテは高らかに宣言した。
マリアンネは、盤面を見て、計算機を落としそうになった。
「信じられない……。論理的な攻防の果てに、カオスな手を一手指すだけで、幾何学的な『笑顔』を成立させるなんて……。これは、ゲーム理論を超越した『アート』だわ」
フリードリヒが、身を乗り出した。
「おお! よくわからんが、うまそうな顔になったな! もう食べていいのか?」
「うん! ゲームセットだよ! みんなで食べよう!」
シャルロッテは、盤面の「目」の部分(※黒いクッキー)を手に取り、パクリと食べた。
サクサクとした食感と、ほろ苦いココアの味が広がる。
「ん〜、美味しい! たくさん考えたあとの味がするね!」
アルベルトとマリアンネも、顔を見合わせて苦笑し、それぞれの色のクッキーを手に取った。
頭を使って疲れた脳に、クッキーの甘さが染み渡る。
「……確かに。勝敗を決めるよりも、こうして二人で作り上げた模様を食べるほうが、有意義かもしれないな」
「ええ。この変則ルール、なかなか奥が深いわね」
盤上の戦争は、甘いティータイムへと変わった。
シャルロッテが持ち込んだ「クルクル・クッキー」は、知略を競うゲームではなく、「最後にどんな絵柄を作って食べるか」を協力して楽しむ、平和で美味しいパズルとして、王城で大流行することになったのだった。




