第五十五話「銀と黒のコントラストと、解放されたリボンの美学」
その日の午後、第一王女イザベラは、自室で新しいドレスのデザインに頭を悩ませていた。彼女の好みは、フリルとレースをふんだんに使った、華やかでロマンティックなスタイルだ。
「シャル、見て。このドレス、もっともっとレースを足すべきかしら? 豪華さが足りないわ」
イザベラが広げたデザイン画は、様々な装飾で溢れていた。
しかし、シャルロッテは、その華やかさに目を輝かせることなく、ドレスの横に置かれた、純白の紙と、黒のシンプルな鉛筆に魅了されていた。
「お姉様、わたしはね、この白と黒が一番可愛いと思うよ」
◆
シャルロッテは、イザベラのデザイン画の過剰な装飾に、どこか前世の「跡取り」としての役割という、過剰な束縛の気配を感じていた。
彼女は、鉛筆を手に取り、真っ白な紙に、大胆に、しかしごくシンプルな線で、自分だけの理想のドレスを描き始めた。
描かれたのは、一切のフリルを排した、銀色の髪に映える、漆黒のベルベット製のワンピースだった。ウエストを締め付けすぎず、幼いながらも活動的で、優雅さが際立つデザインだ。唯一の装飾は、襟元に結ばれた、純白の太いリボンだけ。
「わあ……」
イザベラは、その洗練されたデザインに、思わず息を飲んだ。彼女のロマンティックな美学とは正反対だが、その潔さに、抗いがたい「永遠のエレガンス」を感じた。
「シャル。これは、なんて自由なデザインなの」
◆
シャルロッテは、自分のデザイン画を指さし、その「白と黒の美学」を説明した。
「ね、お姉様。フリルやレースは、たくさんあると、どこを見ていいかわからなくなっちゃう。でもね、白と黒は、お互いを邪魔しないで、お互いを一番綺麗にするの」
そして、彼女は襟元の白いリボンに、そっと触れた。
「リボンも、ぎゅうぎゅうに結ぶんじゃなくて、風が通るくらい、優しく結ぶの。そうするとね、このリボンが、わたしをどこへでも連れて行ってくれるって、約束してくれるんだよ」
それは、服が女性を縛るものではなく、女性を解放し、自己肯定感を高めるための道具である、というシャルロッテの無意識の美学だった。
◆
イザベラは、妹の言葉に、胸を打たれた。彼女が社交界で華やかさを追求していたのは、どこか「王女として見られるための役割」を演じていたからだ。
「あなたは、本当に素晴らしいわ、シャル。装飾ではなく、生き方そのものが、美しさを決めるのね」
その日、イザベラは、外交パーティのために、妹のデザインを参考に、装飾を最小限にした、深紅と黒のシンプルなドレスを仕立てさせた。そのドレスは、彼女の持つ知性と優雅さを最大限に引き出し、いつものロマンティックなドレスよりも、遥かに洗練されたエレガンスを放った。
シャルロッテは、そのドレスを纏った姉を見て、にっこり微笑んだ。
「お姉様、可愛い! そのドレスは、お姉様をどこまでも自由に連れて行ってくれるよ!」
二人の姉妹は、美学という共通の言葉で繋がり、シャルロッテの「シンプルで機能的な可愛さ」の哲学は、王城のファッションに、静かな革命をもたらしたのだった。