第五百五十二話「硝子の宮殿と、姫殿下の『無重力博覧会』」
その年の初夏、エルデンベルク王国では、周辺諸国を招いての「大博覧会」が開催されていた。
城の広場には、各国の威信をかけた展示物が並んでいる。
北の帝国は、蒸気を上げて動く巨大な鉄の掘削機を。
南の王国は、純金で鋳造された等身大の象の像を。
西の公国は、最新鋭の重装甲馬車を展示していた。
どれもが「重く」「硬く」「強い」。
会場は、金属の匂いと、国力を誇示する男たちの熱気でむせ返るようだった。
視察に訪れたルードヴィヒ国王とアルベルト王子は、その圧倒的な「物質の質量」に感嘆しつつも、どこか息苦しさを感じていた。
「素晴らしいが……。いささか、胃もたれしそうな光景だな」
◆
そこへ、シャルロッテがモフモフを連れてやってきた。彼女は、広場を埋め尽くす鉄と金の山を見て、頬を膨らませた。
「ねえ、パパ。みんな、地面にめり込みそうなものばっかり自慢してるね。もっと、フワフワした博覧会はないの?」
各国の代表たちは、愛らしい姫殿下の言葉に苦笑した。
「これはこれは姫様。国力とは『重さ』なのです。揺るがぬ重さこそが、平和を維持するのです」
シャルロッテは、その考えに「新しい風」を吹き込むことにした。
「じゃあ、私が『別館』を作るよ! そこには、世界で一番軽くて、素敵なものを並べるの!」
シャルロッテは、広場の中央、噴水のある空間に立った。
彼女は、土属性(※珪素の精製)と火属性、そして風属性の魔法を、大規模に融合させた。
ズズズ……パリーン!
地面の砂が一瞬で溶解し、空中で冷却され、透明な板となって組み上がる。
わずか数分のうちに、広場の中央に、すべてがガラスでできた、巨大なドーム状の温室「水晶宮」が出現した。
鉄骨さえ使わない、魔法による純粋なガラスの建築だ。
「さあ、みなさん。どうぞ中へ!」
重苦しい鉄の展示物に囲まれていた各国代表たちは、その涼しげな透明な建物に誘われ、吸い込まれるように中へと入っていった。
◆
ガラスの宮殿の中は、外の世界とは別天地だった。
そこには、高価な展示台も、説明書きもなかった。
ただ、空間全体に、数え切れないほどの「白い綿毛」が舞っていた。
それは、シャルロッテが国中の野原から風魔法に乗せて集めた、タンポポやアザミの綿毛たちだった。
ふわふわ、ゆらゆら。
陽光がガラスを透過し、綿毛の一本一本を金色に照らす。
空調魔法によって制御された微風が、綿毛たちを生き物のように踊らせている。
「……こ、これは?」
鉄の掘削機を自慢していた帝国の技師が、呆然と手を伸ばした。
綿毛は、彼のごつい手に触れると、重さを感じさせることなく、ふわりと舞い上がった。
「これはね、『風の種』の博覧会だよ!」
シャルロッテは、綿毛の嵐の中でくるくると回った。
モフモフも、空中を漂う綿毛をキャッチしようと、ポヨンポヨンと跳ねている。
「ここの展示物はね、重さがないの。だから、どこへでも飛んでいけるの。国境も、壁も関係なく、遠くの国まで飛んでいって、そこでお花を咲かせるんだよ!」
その言葉は、重厚な展示物を誇っていた大人たちの心に、静かな衝撃を与えた。
彼らが競っていたのは「動かない重さ(=領土や財産)」だった。しかし、シャルロッテが示したのは「移動する軽やかさ(=種や文化)」だった。
ガラスの宮殿の中では、誰も大声を上げなかった。息を荒らげれば、綿毛の展示物が飛んでいってしまうからだ。
屈強な男たちが、綿毛を驚かせないように、抜き足差し足で歩き、優しい顔で空中を見上げている。
アルベルト王子は、眼鏡についた綿毛を取りながら、微笑んだ。
「……参ったな。鉄の塊よりも、この綿毛一つのほうが、よほど遠くへ届く力を持っているとは」
ルードヴィヒ国王も、ガラス越しに見える青空を見上げた。
「重さで圧倒するのではなく、軽さで包み込む。これぞ、我が国の誇るべき文化かもしれん」
その日の午後、ガラスの宮殿の天井窓が開かれた。
何万という綿毛が、上昇気流に乗って空へと旅立っていった。
各国の代表たちは、自分の国へ飛んでいくかもしれないその小さな種を、いつまでも見送っていた。
シャルロッテの「無重力博覧会」は、何かを解決したわけではなかったが、重苦しい競争に疲れていた人々の心に、ふわりとした隙間と、優しい風を通したのだった。




