第五百五十一話「森の奥の瓦礫の民と、姫殿下の『ひび割れた王国の戴冠式』」
その日の午後、王城の美術品を管理するキュレーター、ヴァザーリは、森の奥から聞こえる異様な音に眉をひそめていた。
カチ、カチ、ジャララ……。
それは、硬い物質が擦れ合い、積み重なるような、乾いた音だった。
ヴァザーリは、音の正体を突き止めるため、整備された庭園を抜け、鬱蒼とした雑木林の中へと足を踏み入れた。
道なき道を進むこと数十分。突然、視界が開けた場所に出た。
そこで彼が目にしたのは、息を呑むような光景だった。
森の開けた空間に、無数の「人々」が立っていたのだ。
それは人間ではなかった。
割れたティーカップの破片、欠けたレンガ、錆びたフォーク、色あせたガラス玉。そういった「城から出た廃棄物」を、泥とセメント(のような魔法物質)で固めて作られた、等身大の人形たちだった。
十体、二十体ではない。百体以上の「瓦礫の民」が、静寂の中で整列し、虚空を見つめていた。
「な、なんだこれは……。現代アートか? いや、これはもっと、原始的で、執拗な……」
その群衆の中心に、作業着のようなエプロンをつけたシャルロッテと、泥だらけになったモフモフがいた。
「あ、ヴァザーリおじさん。見つかっちゃった?」
シャルロッテは、悪びれる様子もなく、作りかけの彫像――王家の紋章が入った割れた大皿を顔に埋め込んだ兵士のような像――に、最後のガラス片を嵌め込んでいた。
「姫殿下……これは、一体? なぜ、ゴミをこのように?」
「ゴミじゃないよ。この子たちはね、『壊れてしまったから、新しい体をもらった人たち』だよ」
シャルロッテは、土属性と光属性の魔法を接着剤として使い、日々、城から出る「不要なもの」をここに運び込み、新しい命(=形)を与えていたのだ。
ヴァザーリは、恐る恐る彫像の群れの間を歩いた。
近くで見ると、その造形は粗削りだが、圧倒的な迫力を持っていた。
割れた鏡の破片で作られたドレスを纏う貴婦人。
錆びたスプーンの鱗を持つドラゴン。
砕けた煉瓦の筋肉を持つ巨人。
それらは、決して「美しい」とは言えないかもしれない。歪で、鋭利で、少し不気味だ。しかし、一つ一つの破片が、かつて城で使われていた記憶を宿しており、それが集合することで、得体の知れない熱量を放っていた。
「……王城の華やかな歴史の裏側に、これほどの『破片』があったとは」
ヴァザーリは、美術館に飾られている完璧な絵画や彫刻よりも、この「捨てられたものたちの再構築」に、胸を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。
ここには、誰に見せるためでもない、純粋な「作る喜び」と「在ることの肯定」だけがある。
「今日はね、この国の戴冠式なの」
シャルロッテは、一番高い岩の上に、モフモフを座らせた。
モフモフの頭には、割れたシャンデリアのクリスタルで作った、光り輝く王冠が乗せられている。
「はい、モフモフ王様、万歳!」
シャルロッテが手を叩くと、森の木漏れ日が、彫像たちに埋め込まれた無数のガラス片や陶器に反射し、一斉にキラキラと輝き始めた。
動かないはずの瓦礫の民たちが、光の加減で、まるで歓喜に震えているように見えた。
チリン、チリン。
風が吹き、彫像の一部である金属片が触れ合って、涼やかな音を奏でる。
それは、誰も知らない森の奥で行われた、静寂で、けれど眩いばかりの祝祭だった。
ヴァザーリは、美術評論家としての分析を放棄した。
彼はただ、帽子を取り、モフモフ王と、その静かなる国民たちに、深々と敬意を表した。
「……素晴らしい王国です、姫殿下。ここには、傷ついたものたちの尊厳があります」
シャルロッテは、セメントで汚れた手で、にっこりとピースサインをした。
「えへへ。壊れたものはね、もう一度くっつけると、継ぎ目がキラキラして、前よりもっと強くて可愛くなるんだよ!」
その秘密の王国は、王城の地図には載ることはなかったが、時折、迷い込んだ人々がその不思議な光景を目撃し、「森の奥には、忘れられた物たちが幸せに暮らす国がある」と、密かに語り継ぐようになったのだった。




