第五百五十話「閉ざされた王の扉と、姫殿下の『最高に賑やかなお誘い』」
その日の朝、エルデンベルク王城は、まるで太陽が昇らなかったかのような、重く沈んだ空気に包まれていました。
物理的な太陽は空にありましたが、王城にとっての太陽――ルードヴィヒ国王が、寝室に閉じこもったまま、一歩も出てこなかったのです。
扉の前では、執事のオスカーや大臣たちが、おろおろと立ち尽くしていました。
「陛下! どうかお出ましください! 決済書類が山のように!」
「体調が優れないのですか、陛下!? 直ちに医師を!」
しかし、扉の向こうからは、低い、拗ねたような声が聞こえるだけでした。
「……放っておいてくれ。余は、もう王をやめる。誰からも必要とされていないのだ……」
一体、何があったのか。
駆けつけたシャルロッテが、オスカーに事情を聞くと、彼はハンカチで涙を拭いながら答えました。
「実は……ここ数日、姫殿下が新しい遊び(昨夜の鬼火とのダンスなど)に夢中で、陛下と遊ぶ時間が取れなかったのです。陛下は、『シャルはもう、パパのことなど忘れてしまったのだ』と、深く傷つかれて……」
シャルロッテは、あちゃー、と額に手を当てました。
王様の「引きこもり」の原因は、単なる「娘にかまってもらえない寂しさ」だったのです。
なんというダメ親でしょう。しかしシャルには父の気持ちが少しわかる気がしました。
「どうしようか、シャル。まさか力ずくで扉を破るわけにもいかないし」
アルベルト王子が困り果てています。
しかし、シャルロッテは、モフモフを抱き上げ、ニコッと笑いました。
「大丈夫! パパはね、寂しがり屋なだけだよ。だから、『外のほうがずっと楽しいよ!』って教えてあげればいいの!」
シャルロッテは、扉の前で「大宴会」を開くことを宣言しました。
神話の時代、太陽を呼び戻すために神々が馬鹿騒ぎをしたように、シャルロッテもまた、最高に楽しくて、少しへんてこなパーティーを企画したのです。
「さあ、みんな! 楽器を持ってきて! お菓子もいっぱい! 今からここで、ダンスパーティーだよ!」
廊下に、急遽、テーブルと料理が運ばれました。
マリアンネ王女がアコーディオンを、フリードリヒ王子が太鼓(鍋の底)を持ち出しました。
イザベラ王女も、「仕方ありませんわね」と言いつつ、扇を持って踊る準備をしました。
演奏が始まりました。
それは、宮廷音楽のような上品なものではなく、ドンドコ、ピーヒョロと賑やかな、お祭りのリズムでした。
「そーれ! 踊れや踊れ! モフモフ音頭だー!」
シャルロッテは、モフモフの手を取って、扉の前で踊り始めました。
モフモフも、後ろ足で立ち上がり、クネクネと奇妙なダンスを披露します。その姿があまりに滑稽で愛らしいため、見ていたメイドや兵士たちから、ドッと爆笑が起こりました。
「あははは! モフモフ様、お上手!」
「シャル様のお歌、変なのー!」
廊下は、笑い声と歓声、そして手拍子で満たされました。
その「楽しそうな波動」は、分厚い扉を突き抜け、引きこもっていた国王の耳にも届きました。
(……なんだ? 外が騒がしい。……楽しそうだ。いったい何をしているのだ?)
国王は、ベッドの中で耳をそばだてました。
シャルの笑い声が聞こえる。モフモフの鳴き声も。みんなが笑っている。
余だけを仲間外れにして、何やら最高に面白いことをしているようだ。
気になって仕方がない。
国王は、そろそろとベッドから起き出し、扉の方へ忍び寄りました。
そして、扉をほんの少しだけ、数ミリだけ開けて、隙間から外を覗き見ようとしました。
その瞬間を、シャルロッテは見逃しませんでした。
「あ! パパが見てる!」
シャルロッテは、扉の隙間に指を差し込み、力いっぱい(もちろん魔法で強化して)こじ開けました。
同時に、眩しい光(※光の照明魔法)が部屋の中に流れ込みました。
「見ーつけたっ!」
シャルロッテは、寝間着姿の国王に飛びつきました。
モフモフも続いて飛びつき、国王を押し倒さんばかりにじゃれつきます。
「わ、わ、シャル! モフモフ!」
「パパ、出ておいでよ! パパがいないと、一番楽しいダンスが踊れないよ!」
娘の満面の笑顔と、温かい抱擁。
国王の心の「岩戸」は、音を立てて崩れ去りました。
拗ねていた気持ちなど、太陽の前の雪のように消えてしまいました。
「……う、うむ。シャルがそこまで言うなら、仕方あるまい。余も、少しだけ参加してやろう」
国王は、照れ隠しに咳払いをしながらも、顔はデレデレに緩んでいました。
そのあと、国王を中心にしたダンスの輪が広がり、王城には久しぶりに「本当の太陽」のような明るい笑い声が戻ってきました。
暗い部屋に閉じこもるよりも、恥ずかしくても外に出て、みんなと手をつなぐ方が、ずっと温かくて楽しい。
シャルロッテの無邪気な「お誘い」は、王国の危機(=パパの機嫌)を見事に救ったのでした。




