第五百四十九話「湿地の鬼火と、姫殿下の『真夜中のランタン・パレード』」
その頃、王城の裏手に広がる「嘆きの湿地」では、夜な夜な不気味な現象が目撃されていました。
闇の中に、ゆらり、ゆらりと、青白い人魂のような光が浮かび上がり、近づく者を底なし沼へと誘い込むというのです。
古参の兵士たちは震え上がりました。
「あれは『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』だ。迷い込んだ旅人の魂が、仲間を求めて彷徨っているのだ……」
騎士団は湿地を封鎖し、厳戒態勢を敷いていました。
◆
しかし、そんな「お化け話」を聞いて、じっとしていられないのがシャルロッテです。
深夜、彼女はベッドを抜け出し、モフモフを起こしました。
「ねえ、モフモフ。お外で『光のダンス』が始まっているみたいだよ。見に行かなくちゃ!」
「ミィ~…(眠いんだけど……)」
シャルロッテは、フード付きのマントを羽織り、手に古風な真鍮のランタンを持って、こっそりと城を抜け出しました。
湿地帯は、腐葉土の匂いと、冷たい霧に包まれていました。
足元はぬかるみ、カエルの鳴き声だけが響く、寂しい場所です。
しばらく歩くと、霧の向こうに、青白い光が一つ、また一つと現れました。
それは、生きているように不規則に揺れ動き、シャルロッテたちの周りを取り囲み始めました。
ヒュルル……という風の音が、まるで忍び笑いのように聞こえます。
普通なら悲鳴を上げて逃げ出す場面です。
しかし、シャルロッテはランタンを高く掲げ、嬉しそうに声をかけました。
「こんばんは! あなたたち、お空から落ちてきちゃったの?」
シャルロッテの目には、その不気味な鬼火が、「悪意ある霊」ではなく、「帰り道がわからなくて困っている、小さなお星さまの欠片」に見えていたのです。
鬼火たちは、シャルロッテの恐れを知らぬ声に反応したのか、ピタリと動きを止め、それから興味深そうに近づいてきました。
「わあ、冷たくてきれい。ねえ、私のランタンの火と、どっちが明るいか競争しようよ!」
シャルロッテは、光属性魔法を、ランタンの灯りに少しだけ混ぜました。
すると、ランタンの炎が、鬼火と同じ「青白い色」に変わり、優しく明滅し始めました。
それは、「私はあなたたちの仲間だよ」という、光の合図でした。
鬼火たちは、大喜びした(ように見えました)。
彼らはシャルロッテの周りをくるくると回り始め、一つが二つに、二つが四つにと分裂し、湿地帯全体が、青い光の渦に包まれました。
「すごい! メリーゴーランドみたい!」
シャルロッテは、湿地の上を、光と一緒にスキップしました。
モフモフも、飛んでくる光の玉を「猫じゃらし」だと思ったのか、パシッ、パシッと前足で捕まえようとして遊んでいます。
それは、死の誘惑ではなく、真夜中の楽しいパレードでした。
◆
騒ぎを聞きつけたフリードリヒ王子が、松明を持った騎士たちを引き連れて駆けつけました。
「シャル! 無事か! 悪霊どもめ、我が剣の錆にしてくれる!」
フリードリヒが剣を抜こうとしたその時、シャルロッテが立ちはだかりました。
「だめだよ、兄様! この子たちはね、ただ『夜のお散歩』をしているだけなの。驚かしたら、消えちゃうよ」
見れば、鬼火たちはシャルロッテの周りで、楽しそうに(?)ダンスを踊っています。
フリードリヒは、剣を収め、呆気にとられました。
「……悪霊が、シャルに懐いているだと? いや、浄化されているのか?」
シャルロッテは、ランタンを空に向けて掲げました。
「さあ、みんな。もうすぐ朝だよ。お空に帰る時間だよ!」
彼女が風属性魔法で上昇気流を作ると、鬼火たちはそれに乗り、ふわふわと空へ昇っていきました。
青い光の群れが、夜空に溶けていく様は、まるで逆さまに降る雪のようでした。
最後のひとつが消えると、湿地には静寂と、夜明け前の清浄な空気が戻ってきました。
「バイバイ! また遊ぼうね!」
シャルロッテは、見えなくなった光に手を振りました。
フリードリヒは、妹の頭をポンと撫でました。
「お前には、世界中のどんな恐ろしいものも、ただの遊び相手に見えるんだな」
その日以来、嘆きの湿地から不気味な噂は消えました。
代わりに、「満月の夜には、姫殿下と星屑たちがダンス会を開く」という、新しい、少しだけ不思議で楽しい噂が流れるようになったのでした。




