第五百四十八話「王様の背中と、家臣たちの『カキの大戦争』」
秋も深まり、乾燥した風が吹くある日の午後。
ルードヴィヒ国王は、玉座の間で公務に追われていました。
しかし、王の集中力を削ぐ、ある重大な問題が発生していました。
背中が、猛烈に痒いのです。
よりによって、重厚なマントの下、肩甲骨の間の、自分では絶対に手が届かない絶妙なポイントです。
王は、謁見の途中でしたが、我慢の限界に達し、苦悶の表情で呻きました。
「うう……背中が……かゆい……カ、『カキ』てが欲しい……」
王は「掻き手」あるいは「孫の手」を所望したのです。
しかし、忠実すぎる(そして早とちりな)子供たちは、その言葉をそれぞれの解釈で受け取りました。
◆
まず反応したのは、第二王子フリードリヒでした。
彼は、「カキ」を、秋の味覚「柿」だと判断しました。
(父上は、公務の疲れで糖分を欲しておられるのだ! ならば、滋養強壮に良い、完熟の柿しかない!)
フリードリヒは風のように退出し、数分後、籠いっぱいの山盛りの柿を抱えて戻ってきました。
「父上! お待たせしました! 採れたての『カキ』です! さあ、皮ごと丸かじりでどうぞ!」
王は目を剥きました。
「いや、余は今、柿を食べたいわけでは……」
「遠慮は無用! ビタミンが背中の疲れに効きますぞ!」
フリードリヒは、強引に熟した柿を王の口元へ押し付けます。
◆
次に進み出たのは、第一王子アルベルトでした。
彼は、「カキ」を、海のミルク「牡蠣」だと判断しました。
「(フッ、フリードリヒは浅はかだ。父上が求めているのは、より洗練されたミネラル。生牡蠣にレモンを添えた、至高の珍味だ)」
アルベルトは、氷を敷き詰めた銀の盆に、プリプリの生牡蠣を並べて現れました。
「父上、こちらこそが本物の『カキ』です。ツルッといけば、背筋もシャキッといたします」
「いや、アルベルトよ。余は別に牡蠣をたべたいわけではなくてだな……」
「さあ、レモンを絞って! 一口で!」
アルベルトも、また強引に生牡蠣を差し出します。
◆
さらに、マリアンネ王女が書類の束を持って現れました。
彼女は、「カキ」を、書類の「下記」参照、あるいは「書き(かき)」仕事だと判断したのです。
「(お父様は、まだ仕事が足りないとおっしゃっているのね。なんて勤勉な!)」
マリアンネは、未決裁の書類の山を、王の膝の上に積み上げました。
「お父様! 『カキ(下記)』の案件をご確認ください! そして、こちらの書類にも『カキ(書き)』込みをお願いします!」
王は、パニックに陥りました。
右からは熟した柿の甘い匂い、左からは生牡蠣の潮の香り、膝の上には重たい書類の山。
そして何より、肝心の背中は、まだ猛烈に痒いままなのです。
「ち、違う! 余が欲しいのは……もっとこう、カリカリとした……棒のような……」
王がうめき声を上げたその時。
扉が開き、シャルロッテがモフモフを連れて入ってきました。
彼女は、柿と牡蠣と書類に埋もれて身動きが取れなくなっている父を見て、瞬時に状況(と、父の苦悶の表情の真意)を理解しました。
「パパ! 動かないで!」
シャルロッテは、庭から拾ってきた、先が孫の手の形に曲がった「木の枝」を持って、王の背後に回り込みました。
そして、マントの隙間から枝を差し込み、痒いところを、ガリガリガリッ!
「あ、あ、あ、あ~~~~っ……!」
王の口から、魂が抜けるような、情けない、しかし至福の吐息が漏れました。
その顔は、柿を食べた時よりも、牡蠣を食べた時よりも、書類を片付けた時よりも、遥かに幸せそうでした。
「……そこだ。シャルよ、そこだ。ああ、生き返った……」
兄姉たちは、呆然と立ち尽くしました。
「……父上が欲しかったのは、『掻き(かき)』だったのか……」
「物理的なアクションの方でしたか……」
「言葉の定義が曖昧でしたわね……」
全員がガックリと肩を落としました。
しかし、シャルロッテは、木の枝(即席の孫の手)を得意げに掲げて言いました。
「でも、せっかくだから、みんなで『カキ・パーティー』をしようよ! 背中を掻きながら、柿と牡蠣を食べて、書類は……モフモフの枕にしよう!」
その日の午後、王城の玉座の間では、背中をボリボリと掻いてもらいながら、フルーツと海産物を交互に食べるという、世にも奇妙な宴が開催されました。
ちなみに、モフモフも背中を掻いてもらい、気持ちよさそうに「ミィ〜(極楽~)」と鳴いていたそうです。
めでたしめでたし。




