第五百四十一話「魔法のパフと、乙女たちの『キラキラ頬っぺた研究会』」
その日の午後、王城の「鏡の間のサロン」は、甘い香りとパウダーの粒子が舞う、乙女たちの秘密基地と化していました。
テーブルの上には、砕いた宝石の粉、乾燥させた花びら、そして色とりどりの小瓶が所狭しと並んでいます。
シャルロッテは、白衣(ドレスの上に羽織ったエプロン)を着て、指揮棒のようにメイクブラシを掲げました。
「みなさま、ごきげんよう! 本日のテーマは、『幸せが溢れちゃう魔法のほっぺ』です!」
集まったのは、いつものメンバー。イザベラ王女、マリアンネ王女、そして友人のエリーゼです。
今日は、街で売られている化粧品ではなく、自分たちだけのオリジナルの「魔法のチーク」を調合する会なのです。
マリアンネ王女が、すり鉢で真珠をゴリゴリと砕きながら、目を輝かせました。
「興味深いわ。真珠層の微細な結晶構造が光を乱反射させ、肌のトーンをワントーン上げる……。理論的に完璧な『美の科学』ね」
普段は冷静な彼女も、今日は「可愛くなる実験」に夢中です。
イザベラ王女は、数種類の赤い花びらから抽出したエキスをブレンドしていました。
「美しさには『奥行き』が必要よ。ただ赤いだけじゃダメ。情熱の深紅に、ほんの一滴の『切なさ(青み)』を足すことで、高貴な血色感が生まれるの」
さすがは社交界の華、色彩感覚が鋭いです。
エリーゼは、可愛らしいハート型のコンパクト容器を磨いていました。
「私は、中身も大事ですけど、持っているだけで嬉しくなるような入れ物がいいな」
シャルロッテは、それぞれの作業を見守りつつ、仕上げの「魔法」を担当しました。
「じゃあ、いくよ! みんなのパウダーに、とっておきのスパイスを入れるね!」
彼女は、光属性と風属性の魔法を、指先からパラパラと振りかけました。
それは、単なるキラキラではありません。
「これはね、『ウキウキの粉』! 嬉しいことがあると、自然にほっぺが光るようになるの!」
「こっちは『照れ屋さんの雫』! 恥ずかしい時だけ、可愛くピンク色になるんだよ!」
完成したパウダーは、どれも宝石箱をひっくり返したように輝いていました。
さあ、いよいよ「メイクアップタイム」です。
イザベラが、マリアンネの頬にブラシを走らせました。
「じっとしてて、マリアンネ。あなたには、この『知的でクールなラベンダーピンク』が似合うわ」
サッ、サッ。
ブラシが触れると、マリアンネのいつもは青白い頬に、ふわりと知的な血色が宿りました。眼鏡を外した彼女は、まるで図書室の女神様のようです。
「まあ……。鏡の中の私が、少し優しそうに見えるわ」
マリアンネは、お返しにエリーゼにメイクをしました。
「エリーゼには、この『陽だまりのコーラルオレンジ』ね。元気で、誰からも愛される色よ」
エリーゼの頬がポッと染まると、部屋全体が明るくなったような気がしました。
そして、エリーゼがシャルロッテに。
「シャルロッテ様には、これです! 『天使のローズレッド』!」
シャルロッテの白雪のような肌に、ぽんぽんと色が乗ると、彼女が笑うたびに、本当に小さな星が飛ぶようなエフェクトが現れました。
「わあ! 私が笑うと、キラキラする!」
最後に、モフモフも参加しました。
彼は、自分の黒い鼻の頭に、ほんの少しだけピンクの粉をつけてもらい、「ミィ!(どうだ!)」と自慢げにポーズをとりました。
四人(と一匹)は、大きな鏡の前に並びました。
そこには、いつもより少しだけ大人っぽくて、でも最高に楽しそうな、輝く女の子たちが映っていました。
「みんな、すっごく可愛い!」
「ええ、最高の傑作だわ」
「自分の顔を見るのが、こんなに楽しいなんて!」
彼女たちは、互いの頬をつつき合い、色の混ざり具合を褒め合い、キャッキャと笑い転げました。
そこには、難しい作法も、国の事情もありません。
ただ、「可愛くなりたい」という願いを叶え合った、幸福な共犯者たちがいるだけでした。
廊下を通りかかったアルベルト王子とフリードリヒ王子は、部屋から漏れ出る圧倒的な「乙女のオーラ(物理的なピンクの光)」に気圧され、中に入ることができませんでした。
「……ま、眩しい。直視できない輝きだ」
「ああ。あそこは今、神聖不可侵の領域だ。我々の出る幕ではないな」
二人の兄は、眩しそうに目を細めながら、そっとその場を離れました。
シャルロッテは、鏡の中の自分に向かって、とびきりの笑顔を作りました。
「ねえ、みんな。魔法を使わなくても、女の子は、ブラシ一本で魔法使いになれるんだね!」
色とりどりのパウダーと、弾けるような笑い声。
それは、世界で一番華やかで、いい匂いのする午後の実験室でした。




