第五百三十三話「屋根裏の劇場と、姫殿下の『即興劇』」
その日は、朝から激しい雨が降り続き、王城の人々は外出もままならず、少し退屈な空気に包まれていました。
しかし、北の塔の屋根裏部屋だけは、熱気と笑い声に満ちていました。
そこは、普段は古着や家具が置かれている場所ですが、今日は「シャルロッテ劇団」の舞台裏へと変貌していたのです。
「さあ、みんな! 幕が上がるまであと三十分だよ! 衣装の準備はいい?」
シャルロッテは、古いカーテンで作ったマントを羽織り、演出家として指示を飛ばしていました。モフモフも、首に蝶ネクタイを結ばれ、舞台監督のように歩き回っています。
集められたのは、いつものメンバー、イザベラ王女、マリアンネ王女、そしてエリーゼです。
今日の遊びは、「即興演劇」でした。
「シャル、本当に私がこの役でいいの?」
イザベラ王女が、少し恥ずかしそうに、しかし満更でもなさそうに鏡を見ています。
彼女が着ているのは、古い騎士の軍服をリメイクした男装です。長い髪を帽子の中に隠し、凛々しい眉を描き足したその姿は、王城のどの騎士よりも美しく、様になっていました。
「うん! お姉様は、世界一かっこいい『黒騎士ロドリゴ』だよ!」
「ふふ、悪くないわね。では、私の剣技で観客を魅了してみせるわ」
イザベラは、おもちゃの剣を優雅に振ってみせました。
一方、部屋の隅では、マリアンネ王女が黒い布をかぶり、怪しげな笑い声を練習していました。
「イッヒッヒ……。どう? 邪悪な魔女『ザラ』に見えるかしら?」
「完璧だよ、マリアンネお姉様! もっと論理的に意地悪なセリフを言って!」
「任せてちょうだい。『この森の封印を解くための鍵の座標は、貴様らには計算不可能よ!』……こんな感じかしら?」
そして、エリーゼは、白いシーツを巻きつけ、頭に造花の冠を乗せて、「囚われの精霊姫」を演じていました。
「わ、私、セリフを噛まないか心配です……」
「大丈夫。エリーゼお姉様は、そこにいて『助けて』って言うだけで、みんなが守りたくなるから!」
シャルロッテは、脚本(※今その場で考えた)、演出、そして舞台効果(=魔法)のすべてを担当していました。
「よし、本番! 観客が入場します!」
ギギッと重い扉が開き、招待された(半ば強引に連れてこられた)ルードヴィヒ国王、アルベルト王子、フリードリヒ王子、そして数名の使用人たちが、古びた椅子に座りました。
「……雨の日に屋根裏で芝居とは。シャルも物好きだな」
フリードリヒが苦笑しましたが、その目は楽しそうでした。
シャルロッテが、手作りの幕(※つぎはぎの布)を開けました。
「これより、『愛と勇気の冒険、黒騎士対インテリ魔女』を上演します!」
劇が始まりました。
舞台セットは、積み上げられた木箱や古箪笥ですが、シャルロッテの魔法の照明が当たると、それらは険しい山や、魔女の城壁に見えました。
イザベラ演じる黒騎士が、大袈裟な身振りで登場します。
「待っていろ、姫! このロドリゴが、必ず助け出す!」
マリアンネ演じる魔女が、理屈っぽい呪文を唱えます。
「無駄よ! 私の結界は、物理攻撃を99パーセント無効化する構造になっているわ!」
観客席からは、笑いと拍手が起こりました。普段の優雅な王女たちが、全力で「ごっこ遊び」に興じている姿は、何よりも人間味があり、愛らしかったからです。
そして、クライマックス。
魔女の魔法(シャルロッテが放つ、無害な光のシャボン玉)が騎士を襲います。
イザベラは、劇的に倒れるふりをしました。
「ぐわっ! やられた……! しかし、愛の力は……!」
そこで、エリーゼが叫びました。
「負けないで、ロドリゴ様!」
シャルロッテが合図を送ると、モフモフが舞台袖から飛び出し、効果音係として、持っていた太鼓をドンドンと叩きました。
同時に、シャルロッテは風魔法で、部屋中に金色の紙吹雪を舞わせました。
「うおおお! 愛の力が湧いてきた!」
イザベラが復活し、魔女を(優しく)追い詰めます。
「計算外だわ! 愛の変数が、予測を超えている!」
マリアンネが、悔しそうに、でも楽しそうに倒れました。
劇は大団円を迎えました。
豪華な衣装も、プロの役者もいませんでしたが、そこには「家族で作る喜び」と「想像力の魔法」が溢れていました。
ルードヴィヒ国王は、立ち上がって拍手を送りました。
「ブラボー! 余が見た中で、最も心温まる名演だったぞ!」
カーテンコールで、シャルロッテと姉たちは手をつなぎ、顔を見合わせて笑いました。
みんなの顔は、埃と化粧で少し汚れていましたが、王城の舞踏会よりもずっと輝いて見えました。
「ねえ、シャル。次の脚本は私が書いてもいいかしら?」とマリアンネ。
「衣装係は私がやるわ。もっと素敵なマントを作るの」とイザベラ。
シャルロッテは、モフモフを抱きしめて頷きました。
「うん! 雨の日は、みんなで違う人になれるから、大好きだよ!」
屋根裏部屋の窓ガラスを叩く雨音は、いつしか、劇の終わりを告げる優しい拍手のように聞こえていました。




