第五十三話「金色の糸の緊縛と、イザベラ姉様の秘密の解放」
その日の午後、王城の一室は、いつもより厳かで、密やかな緊張感に包まれていた。第一王女イザベラは、社交界の華としての重責に疲れ、どこか憂いを帯びた表情で、鏡の前に座っていた。
イザベラは、今日これから出席する重要な外交パーティのために、特注のドレスを身につけようとしていた。そのドレスは、王国の威信を示す、完璧に仕立てられた、純白のベルベット製だ。しかし、そのドレスの襟元と袖口には、肌を締め付けるような、精緻な金糸の刺繍が施されていた。
「このドレスは、私を完璧な王女にしますが、まるで優雅な鎖のようですわ」
イザベラは、その金糸の刺繍が、社交のルールと、王族の責任という、目に見えない束縛を体現しているように感じていた。
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そこに、シャルロッテが、モフモフを抱いてやってきた。シャルロッテは、姉のドレスから発せられる、「美しいが、苦痛を伴う」という、倒錯的な魔力の波長を感知していた。
「お姉様、そのドレス、なんだか息苦しそうだよ」
シャルロッテは、そう言うと、イザベラの背後に回り込み、ドレスの金糸の刺繍に、そっと指先を触れた。
イザベラは、妹の冷たい指先が触れた瞬間、体が緊張で震えるのを感じた。それは、責められているのではなく、自分の内面の苦痛を、最も純粋な視線で、見透かされているような、密やかな快感にも似た感覚だった。
「シャル……触れないで。この刺繍は、王族の美しさのために必要なものよ」
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しかし、シャルロッテは、その言葉を無視した。
彼女は、水属性魔法と光属性魔法を応用し、金糸の刺繍に、微細な水分と、七色の光を送り込んだ。それは、金糸の「締め付け」の力を弱めるのではなく、「締め付けられているがゆえの、解放の喜び」を呼び起こす、逆説的な癒やしだった。
金糸の刺繍は、一瞬、七色の光を浴びて、温かい光の鎖へと変貌した。イザベラの肌を締め付けていた糸の感覚は、そのまま残っているが、苦痛ではなく、「完璧な王女としての私を支えてくれている」という、甘美な安堵感へと変わった。
シャルロッテは、イザベラの耳元で、甘く囁いた。
「お姉様。可愛いはね、縛られている時も、自分を愛してあげることだよ。この鎖は、お姉様を一番綺麗にしてくれる秘密のアクセサリーなの」
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イザベラは、目を閉じたまま、深く息を吐いた。彼女の表情には、社交界での完璧な仮面ではなく、弱さと、それを赦された歓びが混ざり合った、耽美な美しさが浮かんでいた。
「ああ、シャル……あなたは、私の秘密の解放者なのね」
彼女は、妹の純粋な愛によって、王族の「束縛」という逆説的な美しさを、受け入れることができた。
イザベラは、ドレスを完璧に着こなし、夜会の会場へと向かった。彼女の金糸の刺繍は、会場のどの宝石よりも強く輝いていたが、その光は、妹からの愛という、誰にも見えない秘密の優しさに満ちていた。