第五百二十七話「美食家の憂鬱と、姫殿下の『焦げた石ころの味』」
食欲の秋、真っ只中。
しかし、ルードヴィヒ国王は、豪華絢爛な晩餐を前に、深い溜息をついていました。
目の前には、フォアグラのテリーヌ、伊勢海老のポワレ、孔雀の舌のゼリー寄せ……。世界中の美食が並んでいますが、王のフォークは進みません。
「……違うのだ。余が食べたいのは、これではない」
料理長のガストンが、顔面蒼白で進み出ました。
「これはこれは、陛下。お気に召しませんでしょうか。ほかに何がお食べになりたいか、何なりとお申し付けください」
国王は、遠い目をして言いました。
「先日、お忍びで視察に行った際、森の中で食べた『あの味』が忘れられんのだ。
外側は真っ黒で、熱くて、手で割ると中から黄金色の湯気が出て……ハフハフと言いながら食べた、あの甘美な『大地の秘宝』が食べたいのだ!」
ガストンは、料理人のプライドをかけて推理しました。
(真っ黒で、黄金色で、甘美……? はっ! それはもしや、最高級の黒トリュフで包み込んだ、黄金の芋のグラタンでは!?)
「承知いたしました陛下! 直ちに、その『大地の秘宝』を再現してご覧に入れます!」
ガストンは厨房へ取って返し、部下たちに怒号を飛ばしました。
「最高級の黒トリュフを持て! 金箔を用意しろ! 芋は裏ごしして、生クリームと蜂蜜で練り上げるのだ!」
◆
一時間後。
恭しく運ばれてきたのは、銀のさらに乗った、黒光りする美しい球体でした。
周りには金箔が散らされ、トリュフの香りが漂っています。
「陛下、どうぞ。これぞ『至高のインペリアル・ポテト』でございます」
国王は期待に胸を膨らませ、ナイフを入れました。
パカッ。
中からは、滑らかな芋のムースが現れました。
国王は一口食べ……そして、フォークを置きました。
「……うまい。うまいが……冷たいし、上品すぎる! 余が求めているのは、もっとこう、野性味あふれる、熱々の、皮がパリッとしたやつなのだ!」
ガストンは膝から崩れ落ちました。
「こ、これ以上の贅沢な芋料理など、この世に存在しません……!」
◆
その様子を、端の席で見ていたシャルロッテが、モフモフの口周りについたススを拭きながら、クスクスと笑いました。
「ねえ、パパ。パパが食べたいのって、これじゃない?」
シャルロッテが、テーブルの下からゴロンと取り出したのは、焦げた石ころのような物体でした。
それは、庭師のハンスが落ち葉焚きで作っていた、正真正銘の「焼き芋」でした。
「おお! それだ! その焦げた匂いだ!」
国王は、王族の作法をかなぐり捨て、手づかみでその熱い塊を受け取りました。
アチチ、と言いながら二つに割ると、湯気と共に、ねっとりとした黄金色の中身が現れました。
ガブッ。
国王は、皮についた焦げごと、大きく頬張りました。
「んん~っ! これだ! この熱さ! この素朴な甘み! 喉が詰まりそうになるのを、水で流し込む快感!」
国王は、あっという間に一本を食べきってしまいました。
ガストンは、呆然として呟きました。
「まさか……。トリュフも生クリームも使わず、ただ焚き火に放り込んだだけの芋が、私の料理に勝るというのですか……」
シャルロッテは、ガストンに、焼き芋の欠片を差し出しました。
「食べてみて、ガストンおじさん。このお芋さんには魔法の調味料が入ってるんだよ」
ガストンが食べると、確かに美味しい。悔しいけれど、確かに美味しいのです。
「……して姫殿下。これはいったい何の調味料なのでございましょう?」
「寒空の下で、フーフーするっていう魔法だよ!」
ガストンは、コック帽を脱ぎました。
「……なるほど、完敗でございます。その調味料には、かないませんな!」
満足した国王は、最後にシャルロッテに尋ねました。
「して、シャルよ。この絶品の芋は、どこの産地のものだ? 北の肥沃な大地か? 南の太陽の国か?」
シャルロッテは、ニッコリと笑って答えました。
「ううん。これはね、お城の裏庭の、『落ち葉の中』産だよ!」
結局、その日の晩餐会は、最高級のフレンチの代わりに、全員で庭に出て、落ち葉焚きを囲んで焼き芋大会となりました。
王城の記録には、「やはり芋は、落ち葉焚きに限る」という、国王の格言が残されたとか、残されなかったとか。




