表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

521/593

第五百二十四話「ガラスの回廊と、姫殿下の『亀とのお散歩』」

 しとしとと雨が降り続く午後、王城の東棟と西棟を繋ぐ長いガラス張りの回廊は、雨音に包まれた「商店街(アーケード)」のような様相を呈していた。


 そこは、普段は騎士やメイドたちが忙しく行き交う場所だが、今日のシャルロッテの歩みは、異様なほどに遅かった。


 なぜなら、彼女は一匹の小さな陸亀に、リボンをつけて散歩させていたからだ。モフモフもおとなしく彼女のあとをついていっている。


「ゆっくりでいいよ、カメさん。世界は逃げないからね」


 そのあまりの遅さに、後ろから歩いてきた新任の式典官、クラウスは足踏みせざるを得なかった。彼は、分刻みのスケジュールで動く、効率の化身のような男だった。


「姫殿下。恐れながら、そのような亀ごときの歩みになさっては、目的地にいつたどり着くかわかりません。抱き上げてお進みになっては?」


 クラウスは時計を気にしながら提案した。

 しかし、シャルロッテは首を横に振った。


「違うよ、クラウス。私はね、どこかに行くために歩いているんじゃないの。この廊下を()()()()()()()()()()()


「読む……でございますか?」


「うん。歩くのが速すぎると、景色が流れちゃうでしょう? でもね、カメさんの速さなら、全部が『一枚の絵』みたいに見えるんだよ」


 シャルロッテは、光属性魔法をごく薄く、自分の瞳に宿した。それは何かを変える魔法ではなく、視界をフレームで切り取る「額縁」のような魔法だった。


 彼女の視点では、見慣れた回廊が、驚くべき「博物館」に変わっていた。


 例えば、窓ガラスについた雨粒のレース模様。

 例えば、廊下の隅に置かれた観葉植物の葉の裏側。

 あるいは、遠くの厨房から漏れ聞こえる皿の触れ合う音と、微かなスープの香り。


 それらは、急いで通り過ぎる者にとっては「背景」でしかないが、立ち止まる者にとっては、豊かな「物語」だった。


「見て、クラウス。あそこの窓枠、誰かが落書きを消した跡があるよ。きっと、昔の王子様が怒られたんだね」

「はあ……確かに、微かな削り跡が。しかし、それが何だと言うのです?」

「それはね、『歴史』を拾ったってことだよ!」


 シャルロッテは、亀の歩みに合わせて、数歩進んでは立ち止まり、ショーウィンドウを覗き込むように、日常の断片を観察した。


 通りかかったメイドが、一瞬だけ疲れた顔をして、すぐに笑顔を作って去っていった。

 衛兵が、あくびを噛み殺して、槍を持ち直した。


 それらの一瞬の「人間らしさ」を、シャルロッテは「採集」していった。


「みんな、この廊下という舞台で、一生懸命『役』を演じているんだね。でも、ゆっくり見ていると、仮面の裏側がちょっとだけ見えるの」


 クラウスは、最初はイライラしていたが、亀の歩調に合わせて強制的にスローダウンさせられるうちに、奇妙な感覚に襲われた。

 心拍数が下がり、視界が広がり、普段なら気にも留めない「城の呼吸」のようなものが感じられるようになったのだ。


 雨の音。石畳の冷たさ。遠くの話し声。

 それらが渾然一体となって、一つの心地よいBGMのように彼を包み込んだ。


「……不思議です。私は毎日ここを走っていましたが、この壁にこんな美しい模様があることすら、知りませんでした」


 クラウスは、壁に飾られたタペストリーの、細部の刺繍の狂いに気づき、思わず足を止めた。それは欠陥ではなく、製作者の愛嬌のように見えた。


「でしょう? 目的を持たないで歩くとね、世界の方から『こんにちは』って話しかけてくるんだよ」


 シャルロッテは、亀の甲羅を優しく撫でた。


 結局、二人が回廊を渡り切るのに、一時間もかかった。

 何かを成し遂げたわけでも、問題を解決したわけでもない。

 ただ、亀と一緒に、雨の午後の「退屈」を、最高に贅沢な「観察の時間」に変えただけだった。


 回廊の出口で、クラウスは深々と一礼した。時計を見るのを忘れていた。


「姫殿下。ご同行させていただき、光栄でした。……今度は、私も亀を飼おうかと思います」


 シャルロッテは、にっこりと笑った。


「うん! そうしたら、一緒に『迷子のプロ』になれるね! ぜひそうしましょう!」


 それは、効率主義の王城に、ほんの少しだけ「無為の豊かさ」という隙間を作った、静かな散歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ