第五百二十三話「噴き出す蒸気と、姫殿下の『からくり仕掛けの神殿』」
その日の午後、王城の庭園の東屋には、奇妙な銅製の装置が鎮座していた。
それは、シャルロッテが王城の鍛冶師に特注で作らせた、ミニチュアの「神殿」のような形をした箱だった。神殿の前には、小さな祭壇があり、その横には水が入ったタンクと、複雑なパイプが繋がっている。
マリアンネ王女が、その装置を興味深そうに観察していた。
「シャル。これは新しい魔導具かしら? 魔石の反応がないけれど」
シャルロッテは、工学者のような顔つきで、祭壇の下に薪をくべた。
「ううん。これはね、魔法を使わないで動く『自動おもてなしマシン』だよ!」
シャルロッテは、祭壇に火を点けた。
メラメラと火が燃え上がる。しかし、神殿はすぐには反応しない。
見守っていたオスカー執事が、首を傾げた。
「姫殿下。火を焚いただけでは、何も……」
その時だった。
シューーーーーッ!
神殿の裏側から、白い湯気が勢いよく噴き出した。
タンクの水が沸騰し、蒸気が発生したのだ。
さらに、祭壇の下の空気が熱で膨張し、見えない力がパイプの中を駆け巡る。
ギギッ、ガシャン!
重々しい音と共に、神殿の「石の扉(に見える重い金属板)」が、誰の手も触れていないのに、厳かに、ゆっくりと開き始めた。
「な、なんと! 扉が勝手に!」
オスカーが驚愕した。
扉が開くと、中から、真鍮で作られた可愛らしい「機械仕掛けの人形」が、カタカタとぎこちない動きで滑り出てきた。
人形の手には、ティーポットが握られている。
プシューッ!
蒸気の圧力で、人形の腕が持ち上がる。
そして、テーブルに置かれていたカップに、正確に(※ほんとはちょっとだけこぼれたが……)紅茶を注いだ。
「どうぞ、召し上がれ!」
シャルロッテが得意げに言った。
マリアンネは、目を輝かせて仕組みを見抜いた。
「すごいわ! 熱による空気の膨張で水を押し出し、その重みで滑車を回して扉を開け、さらに蒸気圧でピストンを動かして人形を操作しているのね! 魔力ゼロの、純粋物理演算装置だわ!」
さらに、シャルロッテは装置の横にある「球体」を指差した。
その球体からは、二本のノズルが互い違いに突き出している。蒸気がそこから噴き出すと、球体は「シュルルルル!」と高速で回転を始めた。
「これはね、『風のダンス』だよ!」
回転する球体の上には、色とりどりのリボンが取り付けられており、回転に合わせて美しく舞い踊る。それは、蒸気機関の原初的な姿でありながら、見ているだけで楽しいキネティック・アートだった。
シュウウウ……。
辺り一面に、湯気と、機械油の匂いと、紅茶の香りが混ざり合った、不思議な空気が漂う。
アルベルト王子もやってきて、その光景に目を丸くした。
「魔法を使えば一瞬で済むことを、あえて熱と蒸気と歯車で行う……。この『まどろっこしさ』こそが、逆に優雅であり、知的な遊びだな」
シャルロッテは、蒸気で少し湿った前髪を払いながら笑った。
「えへへ。だって、魔法でパッて開くより、蒸気で『頑張って動いてます!』って音がするほうが、ワクワクして可愛いでしょう?」
その日のティータイムは、シュッシュッポッポという蒸気の音と、カタカタ動く人形の給仕によって、かつてないほど賑やかで、少しスチームパンクな冒険の香りがするものとなった。
魔法全盛のこの世界で、物理法則だけで動くその装置は、逆に「魔法よりも不思議な奇跡」として、皆の目を楽しませたのだった。




