第五百二十二話「穴だらけの芝生と、姫殿下の『うっかりの森』」
秋が深まり、王城の庭園にはドングリやクルミの実が落ちる季節になりました。
ある日の午後、庭師のハンスは、自慢の芝生広場を見て、頭を抱えていました。
「ああ、なんてことだ。手入れの行き届いた芝生が、穴だらけにされている……!」
芝生のあちこちに、小さな穴が掘り返された跡がありました。犯人はすぐに判明しました。
一匹の赤毛のリスが、頬袋をパンパンに膨らませて走り回り、せっせと地面を掘っては木の実を埋め、土をかぶせて去っていくのです。
ハンスは、鍬を持って立ち上がりました。
「これ以上、庭を穴だらけにされてはたまらない。追い払わなければ!」
そこに、シャルロッテがモフモフを抱いて通りかかりました。
彼女は、必死に穴を掘るリスと、怒るハンスを見て、クスクスと笑いました。
「待って、ハンスさん。あの子はね、イタズラをしているんじゃないよ。お仕事をしているの」
「なんとお仕事とおっしゃいますか? 姫殿下、これは純粋な破壊活動ですぞ」
シャルロッテは、リスの行動の裏にある「切なくも愛おしい習性」を、ハンスに教えることにしました。
「あの子はね、冬にお腹が空かないように、ご飯を隠しているの。でもね、ここからが大事なことだよ」
シャルロッテは、声をひそめて言いました。
「リスさんはね、自分が埋めた場所を、ほとんど忘れちゃうんだって!」
ハンスは、拍子抜けして目を丸くしました。
「忘れる……のですか? あんなに必死に隠しているのに?」
「うん。一生懸命隠すんだけど、どこに隠したか忘れちゃうの。ドングリを百個埋めても、見つけられるのはほんの少しなんだって。うっかり屋さんだよね」
シャルロッテは、モフモフの頭を撫でながら続けました。
「でもね、そのおかげで、掘り出されなかったドングリから芽が出て、新しい木が育つの。だから、あのリスさんは、『森を作っている、うっかり屋の庭師さん』なんだよ」
ハンスは、鍬を下ろしました。
彼の目には、ただの害獣だったリスが、急に「同業者」のように見えてきました。しかも、自分よりも遥かに壮大な計画――自分が忘れたことさえ忘れて、未来の森を作る――を実行している同業者に。
「……なんと。自分の食糧を犠牲にして、未来の木を植えているとは(本人は忘れているだけですが)。それは、庭師として頭が下がりますな」
ハンスは、芝生の穴を埋め戻すのをやめました。
「姫殿下。では、この一角は、彼に任せてみましょうか。完璧な芝生も良いですが、数年後にひょっこり小さなオークの木が生えてくるのも、また一興です」
シャルロッテは、嬉しそうに手を叩きました。
「うん! ここは『うっかりの森』予定地だね!」
リスは、二人が見守っていることにも気づかず(あるいは忘れて)、また新しいドングリを埋め、丁寧に土を被せ、そして軽やかに去っていきました。
きっと明日には、今日埋めた場所をすっかり忘れて、また新しい穴を掘るのでしょう。
シャルロッテとハンスは、その「愛すべき徒労」と「未来への贈り物」を、温かい目で見送りました。
完璧に管理された王城の庭に、少しだけ「忘れん坊の魔法」が混ざった、平和な秋の午後でした。




