第五百十三話「路地裏の魔導自販機と、姫殿下の『ワクワクの缶詰』」
その日の午後、王城の裏庭と騎士団の詰め所を結ぶ通路の隅に、奇妙な箱が設置されていた。
それは、シャルロッテがマリアンネ王女に頼んで作ってもらった、木製とガラスでできた背の高い箱だった。箱の中には、カラフルな紙で包まれた「丸い玉」がたくさん詰まっている。
正面には、ハンドルと、投入口がついている。
通りかかった若手騎士のエミールが、不審そうにその箱を覗き込んだ。
「なんだこれは? 新しい兵器の補給庫か?」
物陰から、シャルロッテがモフモフを抱いて飛び出した。
「ブブーッ! 違うよ、エミールお兄さん。これはね、『運命のワクワク交換機』だよ!」
シャルロッテは、得意げに説明した。
この機械は、お金では動かない。投入口に入れるのは、「どんぐり」や「綺麗な小石」、あるいは「四つ葉のクローバー」といった、自然の宝物だ。
「ここに入れるとね、中から『今のあなたに一番必要なもの』が出てくるんだよ!」
エミールは半信半疑だったが、姫殿下の期待に満ちた目を見て、ポケットに入っていた松ぼっくりを投入口に入れた。
そして、ハンドルを回す。
ガリ、ゴリ、ポン!
軽快な音と共に、取り出し口にコロンと丸い玉が転がり出てきた。
包み紙を開けると、中には「一口サイズのチョコレート」と、小さな紙切れが入っていた。
紙切れには、シャルロッテの字でこう書かれていた。
『クエスト:つかれたときは、お空をみて、ふかーく息をすってね!』
エミールは、激しい訓練の合間で疲弊していた。彼は言われた通り、チョコレートを口に放り込み、空を見上げて大きく深呼吸をした。
甘い味が脳に染み渡り、肺いっぱいに新鮮な空気が入る。
「……ふゥーッ。なるほど。これは確かに、今の俺に必要なものだ」
エミールの顔から険しさが消え、ふっと力が抜けた。
次に通りかかったのは、いつもしかめっ面をしている古参の文官だった。
彼は、「子供の遊びか」と通り過ぎようとしたが、シャルロッテに「綺麗な石ころ、持ってない?」と聞かれ、足元にあった白い小石を拾って投入した。
ガリ、ゴリ、ポン!
出てきたのは、「温かいキャラメル」と、紙切れ。
『クエスト:となりの人に、「その服、似合ってるね」って言ってみよう!』
文官は眉をひそめたが、ちょうど隣を通りかかった同僚の派手なネクタイを見て、ボソッと言った。
「……そのネクタイ、悪くないな」
同僚は驚き、そして満面の笑みで「ありがとう!」と返した。
文官の心に、ポッと温かい灯がともった。
こうして、「運命のワクワク交換機」は、王城の密かな人気スポットになった。
投入されるのは金貨ではなく、誰でも拾える自然の欠片。
出てくるのは、高価なものではないけれど、心をほぐす小さな魔法。
夕方、マリアンネ王女がメンテナンスにやってきた。
「シャル。補充はどうするの? 在庫管理システムが必要よ」
シャルロッテは、箱の裏側を開けた。
そこには、投入されたどんぐりや松ぼっくりが山のように溜まっていた。
「大丈夫! モフモフがね、森から新しい木の実を持ってきてくれるし、エマがお菓子を作ってくれるの。そして、集まったどんぐりは、森のリスさんたちへのお土産にするんだよ!」
それは、利益を生まない、けれど幸せだけが循環する、世界で一番優しい経済システムだった。
通りがかったルードヴィヒ国王も、こっそりハンドルを回してみた。
出てきたのは、『クエスト:今日はお仕事を早めに切り上げて、娘を抱っこしよう!』という紙切れだった。
国王は、「うむ。これは王命よりも優先すべき重大な任務だ」と頷き、その場でシャルロッテを高々と抱き上げた。
ガチャガチャという音と、人々の笑い声が、路地裏に心地よく響き渡った。




