第五十一話「大食堂の湯気と、フリードリヒ兄様の『愛の炒め物』」
その日、王城の大食堂の厨房は、いつも以上の活気に満ちていた。シャルロッテの提案で、家族全員が「特別な日のための料理」を作ることに挑戦していたのだ。
シャルロッテは、今日一日、厨房の熱気と匂い、そして料理への情熱を学びたいと願った。彼女のお願いで、厨房の片隅には、小さな調理台が設けられていた。
第二王子フリードリヒは、剣を置いた代わりに、巨大な中華鍋と格闘していた。彼は、妹と家族のために、「最高に元気が出る料理」を作ると宣言したのだ。
「うおおお! フリードリヒ流、炎の愛情炒めだ!」
フリードリヒは、剣術の鍛錬で培った腕力を活かし、巨大な鍋を豪快に振り回す。鍋から立ち上る湯気と炎は、まるで魔物と戦っているかのようだ。
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フリードリヒは、土属性の強化魔法で包丁の切れ味を極限まで高め、肉や野菜を驚くべき速さでカットしていく。彼の動きは、優雅な兄アルベルトとは違い、力強く、そして実直だ。しかし、彼には致命的な欠点があった。それは、味見をしないことだ。
「男は感覚だ! これだけ炒めれば、愛情は伝わるはずだ!」
フリードリヒは、次々とスパイスを投入し、豪快な炎を上げた。厨房は熱気と、スパイスの強烈な香りで満たされた。
シャルロッテは、熱気に負けず、フリードリヒの隣で小さなまな板に向かっていた。彼女は、水属性魔法で極めて繊細な水流を作り出し、硬いナッツを、欠片一つ無駄にしないよう、丁寧に砕いていた。
「ね、フリードリヒ兄様。料理はね、力じゃなくて、素材の可愛さを活かすのが大事なんだよ」
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料理が完成し、フリードリヒは自信満々に大皿に盛り付けた。しかし、完成品を一口食べた途端、フリードリヒは顔を歪ませた。
「うぐっ……し、塩辛すぎる! そして、なぜか最後に甘い……!」
彼の「愛情炒め」は、力強すぎたのだ。
フリードリヒは、失敗を恥じて、肩を落とした。
「ごめんな、シャル。俺には、剣しか扱えないようだ」
シャルロッテは、そんな兄の肩を、そっと叩いた。
「大丈夫だよ、兄様! 愛はね、ちゃんと伝わってるよ! でもね、愛には、お砂糖と塩のバランスが必要なの!」
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シャルロッテは、フリードリヒの失敗作を、小さな皿に取り分けた。そして、水属性魔法を応用し、塩辛さを中和するごく微細な酸味をスープに加え、さらに光属性魔法で、強すぎるスパイスの匂いを、温かい花の香りに変えた。
そして、仕上げに、シャルロッテが砕いたナッツと、蜂蜜をごく少量加えた。
シャルロッテは、それをフリードリヒに差し出した。
「さあ、兄様。食べてみて!」
フリードリヒが、一口食べると、彼の顔が再び輝いた。
「うまい! さっきまでの、あの猛烈な塩辛さが、丸くなっている!」
それは、彼の力強い愛情を、妹の繊細な魔法が優しく包み込んだ、「優しさが加わった、最強の愛情炒め」だった。
その日の夕食は、家族全員でフリードリヒの炒め物を食べた。ルードヴィヒ国王は、「これぞ、王家の味だ!」と大笑いし、マリアンネは、「失敗から最高の味を生み出すプロセスを研究しなくては」と興奮した。
フリードリヒは、妹の助けで料理の「道」を見つけたことに感謝した。彼は、剣だけでなく、料理においても、力と繊細さの融合という、新たな境地を開いたのだった。