第五百九話「陶器の破片の尖塔と、姫殿下の『空飛ぶガラクタ』」
その日の午後、王城の裏手にある廃棄物集積所は、いつになくカラフルな光を放っていた。
そこは、厨房で割れた皿やカップ、空になったガラス瓶、古くなった鉄柵などが捨てられる場所だ。普段なら誰も近づかないゴミの山だが、今日は違った。
カン、カン、カン!
リズミカルな音が響いている。
音の主はシャルロッテだった。彼女は作業用のオーバーオールを着込み、モフモフと一緒に、廃棄物の山の真ん中に立っていた。
彼女の前には、捨てられた鉄筋やワイヤーを複雑に組み上げた、高さ数メートルに及ぶ「奇妙な骨組み」がそびえ立っていた。
「よし、モフモフ! 次はあの青い瓶の底を頂戴!」
「ミィ!(了解!)」
シャルロッテは、モフモフが運んできた「青いガラス瓶の破片」を受け取ると、土属性魔法で練り上げた「特製モルタル(=接着剤)」をたっぷりと塗り、鉄の骨組みにペタリと貼り付けた。
彼女が作っているのは、建物ではない。
鉄の枠組みに、色とりどりの陶器の破片、ガラス、貝殻、タイルの欠片をびっしりと埋め込んだ、巨大な「モザイクの塔」だった。
そこに、ゴミを捨てに来た料理長のガストンが通りかかり、腰を抜かした。
「ひ、姫殿下!? 何をしておられるのですか! そこはゴミ捨て場ですぞ!」
シャルロッテは、泥とセメントで汚れた顔を輝かせて振り返った。
「ガストンおじさん、見て! お皿たちがね、お空に登りたがっていたの!」
彼女が指差した塔は、常識外れな形をしていた。
真っ直ぐではなく、螺旋を描きながら空へと伸び、所々がリング状に繋がっている。壁はなく、骨組みだけの透かし彫り構造だ。
その表面を、割れた絵皿の模様や、色ガラスの破片が埋め尽くしている。
「これは……あの日、私が割ってしまった大皿の破片……。こっちは、先月の晩餐会で空いたワインの瓶……」
ガストンは、ゴミだと思っていたものが、太陽の光を浴びてステンドグラスのように輝きながら、空へと駆け上がっていく様に目を奪われた。
「直すんじゃないの。新しい形にするの!」
シャルロッテは、魔法の力を借りて、さらに工事を進めた。
彼女は重力魔法を応用し、足場なしで塔の上へと軽々と登っていく。
高いところへ行けば行くほど、塔は細く、繊細になっていく。
「もっと高く! もっとキラキラに!」
シャルロッテの衝動は止まらなかった。
彼女は、ティーカップの取っ手だけを集めて花の模様を描き、スプーンを風見鶏のように突き刺した。
論理的な設計図などない。ただ「ここにこれを貼ったら綺麗だ」という直感だけで、塔は生き物のように成長していった。
夕暮れ時、塔は王城の城壁を見下ろすほどの高さに達していた。
三本の主塔が寄り添い合うように立ち、それらがアーチで結ばれている。
夕日がその塔を透過すると、埋め込まれた数千のガラス片と陶器の破片が、複雑な乱反射を起こし、周囲の空間を極彩色の光で染め上げた。
騒ぎを聞きつけたマリアンネ王女やアルベルト王子もやってきたが、彼らは言葉を失った。
それは建築学的には不安定極まりなく、用途も不明で、ただのガラクタの寄せ集めだった。
しかし、その「圧倒的な質量と熱量」は、見る者を黙らせる迫力を持っていた。
「……美しいのか、狂気なのか、私には判断できない。だが、目が離せない」
アルベルトが呟いた。
塔のてっぺんに座ったシャルロッテが、下に向かって手を振った。
「おーい、みんなー! ここからの眺めは、モザイクみたいで面白いよー!」
彼女にとって、割れた皿は「失敗の証拠」ではなく、「空を飛ぶための羽」だったのだ。
ガストンは、自分の出したゴミが、これほど強烈なエネルギーの塊になったことに、奇妙な誇らしさを感じていた。
「姫殿下……。私の皿たちは、最高の最期を迎えましたな」
その塔は、「シャルロッテの空飛ぶガラクタ塔」として、そのまま残されることになった。
何の役にも立たないけれど、見上げると元気が湧いてくる、カオスでパワフルなモニュメントとして。




