第五百六話「王国の崩壊と、姫殿下の『ぐらぐらパンケーキ』」
その日の昼下がり、ルードヴィヒ国王の執務室は、午後の気だるい静寂に包まれていました。
国王は書類仕事に疲れ、ソファでうたた寝をしているシャルロッテ(と、そのお腹の上のモフモフ)を眺めて、癒やしを得ていました。
その時です。
深い眠りの中にいたシャルロッテが、苦しげに眉を寄せ、小さな声で寝言を漏らしました。
「……あ……だめ……」
国王は耳をそばだてました。
「む? 悪夢でも見ているのか?」
シャルロッテの声は、次第に切迫したものになっていきました。
「……もう……支えきれない……」
国王の顔色が変わりました。
「支えきれない? 何のことだ? まさか、王女としての重責にか?」
そこへ、報告に来たアルベルト王子とフリードリヒ王子が入ってきました。
シャルロッテは、さらに続けて、はっきりと言いました。
「……倒れちゃう……! 崩れちゃうよぉ……!」
その一言が、執務室をパニックに陥れました。
◆
第一王子アルベルトは、瞬時に青ざめました。
「『崩れる』!? シャルは、優れた直感で未来を予知することがある。まさか、この薔薇の塔の基礎構造に欠陥が!? 直ちに建築班を呼べ! 退避準備だ!」
第二王子フリードリヒは、窓の外を睨みつけました。
「いや、物理的な崩壊ではないかもしれん! 『支えきれない』……これは、国境の防衛線が突破されるという予知夢だ! 敵襲だ! 全騎士団、戦闘配置につけ!」
ルードヴィヒ国王は、頭を抱えました。
「違う、お前たち! 『倒れる』とは、余のことだ! 最近、腰が痛いと思っていたが、やはり余の体は限界だったのか! 王国の支柱である余が倒れ、国が崩壊するという暗示だ!」
「塔が倒れるぞー!」「敵が来るぞー!」「王が倒れるぞー!」
三人の大男たちは、それぞれの解釈で大騒ぎ。
アルベルトは壁を叩いて強度を確認し、フリードリヒは家具でバリケードを作り始め、国王は遺言書を探し始めました。執務室は、この世の終わりのような阿鼻叫喚です。
その騒音で、ついにシャルロッテが目を覚ましました。
「……んあ?」
彼女が体を起こすと、モフモフがポロリと床に落ちました。
シャルロッテは、目をこすりながら、必死の形相で家具を支えている兄たちと、ベッドに横たわろうとしている父を見回しました。
「……みんな、何してるの?」
三人は、動きを止め、シャルロッテに詰め寄りました。
「シャル! 無事か! 何が崩れるんだ!?」
「塔か!? 国か!? それとも余か!?」
シャルロッテは、キョトンとして、それから残念そうにため息をつきました。
「えー……。夢の中でね、パンケーキを100段重ねて、『パンケーキ・タワー』を作ってたの」
「パ、パンケーキ……?」
「うん。シロップをかけすぎちゃってね、一番上がグラグラして……ああっ! 倒れる! ってところで、目が覚めちゃった。うぅん、もったいないことしたなぁ~」
シーン……。
執務室に、本当に何かが崩れ落ちる音が響いた気がしました。
それは、塔でも国でもなく、大人たちの「緊張の糸」が切れる音でした。
三人は、ガクリと膝をつきました。
「……パンケーキ……か」
「……シロップの重みで、支えきれなかったのか……」
「……余の腰ではなかったか……」
脱力する大人たちをよそに、シャルロッテはモフモフを抱き上げ、ニッコリと笑いました。
「でもね、夢の中では倒れちゃったけど、現実なら大丈夫だよ! だって、倒れる前に食べちゃえばいいんだもん!」
その日の午後、王城のおやつは、シャルロッテの夢を供養するために、うず高いパンケーキ・タワーが振る舞われました。
もちろん、100段は無理でしたが、倒れる前にみんなで美味しく「解体」したので、王国の平和は保たれたということです。
めでたしめでたし。




